2016年6月23日木曜日

シティズンシップの変容:地位、権利、アイデンティティ(Joppke 2007)

Joppke, C. (2007). Transformation of citizenship: status, rights, identity. Citizenship studies, 11(1), 37-48.

Christian Joppke
(客員教授を勤めるCentral European UniversityのHPより)
政治社会学者クリスチャン・ヨプケのシティズンシップの変容に関するCitizenship studies上の論文。日本ではあまり知られていない人物であるが、移民とシティズンシップの関係の研究をする際にヨプケは欠かせない人物。学部はドイツのベルリン自由大学で、その後、フランクフルト大学でDiplom(修士号に類似?)を取得、博士からアメリカのUCバークレーに移っている。アメリカの南カリフォルニア大や、カナダのブリティシュ・コロンビア大で教鞭をとった後、現在スイスのベルン大学社会学部長。ヨプケのCitizenship and Immigration(2010)を邦訳した遠藤乾先生の記述によれば、フランクフルト大学ではあのユルゲン・ハーバーマスに師事していたらしい。UCバークレーのHPによると、1985年に提出された博論は原発反対運動の米独比較のよう。今では移民研究をしている。

以下、要約とコメント。なお、一部にかなり独自の解釈が含まれるため、気になる方は原文を参照されたし。

シティズンシップは大変混乱を呼ぶ概念であり、様々な意味で用いられている。(例えば日本語でもシティズンシップの訳語に「国籍」が当てられたり、「市民権」が当てられたり、「市民性」が当てられたり文脈によって定まっていない。)ヨプケにとって、有名なロジャース・ブルーベイカー(Rogers Brubaker)のシティズンシップ論やヤスミン・ソイサル(Yasemin Soysal)のシティズンシップ論が噛み合わないのは彼らがシティズンシツプの異なった側面を扱っている(ブルーベイカーは「国籍」、ソイサルは「権利」)ことに自覚的ではないからである。また女性のシティズンシップやゲイのシティズンシップなど、シティズンシップは様々な集団の権利主張に用いられる。こうした考え方は概念に関する混乱を大きなものにしている、とヨプケは考えている。

こうした概念の混乱の中で、ヨプケはシティズンシップをハイフン付きの状態(hyphenated citizenship)から、第一に国(state)と結びつられた「地位」(国籍)と解した上で、その「地位」に付随する「権利」と「アイデンティティ」を第二、第三の意味として追加するように訴える。つまり、ヨプケにとってシティズンシップは「地位」という側面をベースとして、「権利」側面と「アイデンティティ」側面を加えた三側面から定義されうるものなのである。

Against the proliferation of hyphenated citizenships, I suggest to fold citizenship back to what it essentially is: membership in a state, and to throw light from here on the rights and identities connected with it (p.38).

ヨプケによれば、このようなシティズンシップの捉え方は歴史上常に成り立ったというわけではない。例えば有名なシティズンシップの発展論を唱えたT.H.マーシャルの福祉国家黄金時代にはシティズンシップは「階級」との関連で捉えられる「機能的」なものであり、シティズンシップに領域的な限界があるということは意識されていなかった。しかし、現代においてはシティズンシップを「領域的」なものとして捉える方がよりより有効な視点となりうる。

In the golden age of nationally closed welfare states that antedated the contemporary era of globalization, citizenship was not visible as a nationally and territorially bounded construct. Tellingly, there is no reflection on citizenship’s bounded nature in T. H. Marshall’s (1992) universalistic story of evolving citizenship rights...This reveals that the central line of conflict in the golden age was functional, not territorial: how can workers be citizens? Today, in the era of globalization and blurring state boundaries, conflicts surrounding citizenship have taken on a different meaning, closer to the original meaning of citizenship as state membership: how can foreigners be citizens, and who are we, the Danes?(p.38)

その上で、ヨプケはシティズンシップの三則面における変化を追っている。この変化はシティズンシップの「地位」の変化⇨「権利」の変化⇨「アイデンティティ」の変化という順に因果的に描かれている。

地位(国籍):1980年代以降、多くの西洋諸国で国籍へのアクセスが易化した。こうした変化は帰化が国家の「自由裁量」によって「例外的に」付与されるものから、「ルール」に基づいた「手続き」と化したことや、移民2世や3世に対するシティズンシップの付与が出生に基づく権利とみなされるようになったことなどにあらわれている。アクセスの易化は、従来のジェンダーに基づく制限や、民族による制限を取り除き、国籍保有者を多様化させた。

権利:権利としてのシティズンシップは公民的権利(civil rights)、政治的権利(political rights)、社会的権利(social rights)に三分類されることが多い。ヨプケによると、近年は福祉国家の黄金時代を特徴するような社会的権利が後退し、逆に「差別禁止」や「マイノリティの権利」のような一種の公民的権利が伸長している。ヨプケの分析では、こうした変化は国籍へのアクセスの易化による国内の民族多様性の増大が部分的に影響している。

アイデンティティ:アイデンティティには国家によって宣伝されるものと、一般の人々によって実際に保持されているものとの二種類が存在するが、ヨプケは前者を中心に分析を進める。ヨプケによると、地位のリベラル化による民族的多様性の増大と、国内のマイノリティの権利の伸長によって、シティズンシップの「地位」と「アイデンティティ」が「分離」(decouple)した。国家はこのような多元社会を統合するための術を必要としている。

しかし、地位(国籍)へのアクセスが易化し、マイノリティの権利が伸長した現代において国家が特定の(特にナショナルやエスニックな)アイデンティティを強要することは容易ではない。そこで、各国家は社会統合のための「アイデンティティ」として、各国個別の文化をできるだけ排した上でも必要と考えられる「言語」と「普遍的な語彙(universalistic idiom)」(リベラルな民主主義を成り立たせる「自由」「平等」「寛容」etc.)に依拠するようになってきている(注1)。こうした「普遍的な語彙」は「差別」という批判に強い。

以上、要約。シティズンシップの各側面の変化を因果的に説明した上で、結論部分で厳密には「因果とも言えない」と言ってマイヤーのような制度論者の説明を補完的に持ち出してきているので、少し解りにくい気はした。また、ヨプケにはシティズンシップの「参加」という側面を説明していないという批判があるものの(Bloemraad 2015:601)、このように整理する試みはいずれにせよ大切で、非常に重要な試みであろう。

ちなみに、ヨプケは別の著書で、地位の側面でアクセスが易化し、権利の側面で社会的権利が後退し、アイデンティティの面で各国家に固有の文化の語彙が希薄化してリベラルな語彙で統一される兆候を「軽いシティズンシップ」(citizenship light)(Joppke 2010=2013)への変化として表現しており、また西洋諸国のシティズンシップはこのような「軽いシティズンシップ」へと不可逆的に収斂していると考えているようである。

こうしたシティズンシップの変化の現代日本へのインプリケーションについて、今後また書いてみたい。

(注1)こうしたシティズンシップのアイデンティティの側面の変化は帰化の際に求められる「帰化テスト」の内容のリベラルさにも現れているが、この論文では時期的に言及されていない。詳しくはJoppke(2010=2013)や、Joppke(2013)を参照。

参考文献
Bloemraad, I. (2015). Theorizing and Analyzing Citizenship in Multicultural Societies. The Sociological Quarterly, 56(4), 591-606.
Joppke, C. (2007). Transformation of citizenship: status, rights, identity. Citizenship studies, 11(1), 37-48.
Joppke, C. (2010). Citizenship and immigration. Cambridge: Polity Press. (=2013, 遠藤乾, 佐藤祟子, 井口保宏, 宮井健志訳『軽いシティズンシップ』岩波書店.)
Joppke, C. (2013). Through the European looking glass: citizenship tests in the USA, Australia, and Canada. Citizenship studies, 17(1), 1-15.

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