2020年12月20日日曜日

今年面白かった社会学論文10選(2020)

昨年も 2019年に出会った論文で面白かったものの10選を載せたが、今年も独断と偏見で選んだ2020年版の10選を紹介することにした。2020年に出版されたものではなく、あくまで私が今年読んだものの中で、「面白い!」と思った論文である。なお、10選の中には最後に一冊だけ本が入っている。紹介の順番に特に大きな意味はない。

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Legewie, J. (2018). Living on the edge: neighborhood boundaries and the spatial dynamics of violent crime. Demography, 55(5), 1957-1977.

地理空間における社会的境界 (e.g., 黒人が多く住んでいる近隣と白人が多く住んでいる近隣の境)は物理的境界(e.g. 幹線道路)や政治的境界(e.g., 州境)とは異なることがしばしばある。エスノグラファーたちの数々の調査では社会的境界が存在し、社会的境界線上での生活が社会的境界の中での生活と比較して特殊な可能性を示唆してきた。にも関わらず、これまでの社会人口学研究では近隣(neighborhood)を独立した個々のユニットとみなし、近隣と近隣との社会的境界の特殊性について考えることは稀だった。

社会的境界を定義(測定)することは可能だろうか?また社会的境界上では争いごとや犯罪が起きやすいのだろうか?論文ではアメリカの大都市における人種・エスニシティごとの住み分け現象を事例に、地理空間上での人種・エスニシティ間の社会的境界の測定をし、社会的境界上では犯罪が起きやすいことを実証する。具体的にはAreal Wombingという地理空間分析の手法を用いて、シカゴの約4万の国勢調査細分区(Census block)と隣接細分区との人種・エスニシティ比率の差から、細分区レベルでの社会的境界値(Boundary likelihood value)を算出する。細分区レベルでの2011年の犯罪発生件数データを従属変数とし、社会的境界値を独立変数として、負の二項回帰モデルを推定する。分析結果として、社会的境界値は犯罪件数に正に関連することがわかった。またこの犯罪との正の関連は黒人と白人の社会的境界で最も強く、黒人とヒスパニックの社会的境界では弱く、白人とヒスパニックの社会的境界では確認されなかった。

この論文はイントロと先行研究レビューが素晴らしくうまく書けていて、惚れてしまった。ちょっと私の紹介の仕方では面白さが伝わらなかったと思うので、是非上記リンクをクリックして読んでいただきたい(論文はオープンアクセス)。

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Skopek, J., & Passaretta, G. Forthcoming. Socioeconomic Inequality in Children’s Achievement from Infancy to Adolescence: The Case of Germany. Social Forces.

親の社会経済的地位に基づく学力格差(SES学力格差)はいつ生じるのであろうか?この論文では、ドイツの教育パネルデータを組み合わせて擬似コホートを作成することで、生後6ヶ月から15歳までのSES学力格差の推移を推定している。もちろん、全ての発達段階で同じテストをしても意味はないので、例えば生後6ヶ月のwaveでは感覚運動機能の発達を測定し、小学校以降のwaveではより高度な学力テストをし、各waveでスコアを標準化する方法をとっている(論文のほとんどが方法論に割かれている)。分析結果として、SES学力格差は幼稚園に入学する5歳までの間に開き、幼稚園に入学してからは安定して推移することがわかった。著者らは幼稚園を含む学校が、学力格差拡大を抑制しているという解釈をしている。

米国と英国を中心にSESに基づく学力格差の推移に関してはたくさん論文が出ている。私も一本米国のデータを使った研究を投稿中(セカンドラウンドの査読中)である。ただ、私の論文も含め、ほとんどの研究が幼稚園入学以降(5歳以降)の学力格差の推移の研究となっており、幼稚園入学以前とをカバーする研究は少ない。この論文の一押しポイントは幼稚園入学以前も射程に入れて、学校教育開始以前に学力格差が開くことを明らかにしたことだ。

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近年は「環境難民」などの用語がセンセーショナルにメディアで語られるが、地球温暖化と移住はどうリンクしているのだろうか?著者らはタイ北東部のナンロン地域における51の集落の住民の移住パターンを、同地域の気候データや土地利用のデータと紐付け、気候変動、土地利用、移住、帰還移住の関係に関するAgent Based Modelをたててシミュレーションする。分析の結果として、気候変動による干魃、洪水等の環境変化は移住(out-migration)自体には大きな影響を与えないが、移住後の帰還移住(return-migration)を低減させることで人口減(depopulation)につながることを明らかにした。

この論文は移住を研究することを主目的とした調査としては最大規模のナンロンプロジェクト(Nang Rong Project)の研究代表チームの論文である。ナンロンプロジェクトは1984年から2000年まで続いたナンロン地域の51の集落の5万人を超える住民の悉皆調査・縦断調査で、家族ネットワークに関する情報も集められ、住民が移住した場合、移住先でのフォローアップ調査も行われている。さらには、衛生写真を利用した農地利用の地理情報、気候に関する情報とも結び付けられているので、気候変動と移住に関する様々な研究が可能となっている。

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Catron, P. (2016). Made in America? Immigrant occupational mobility in the first half of the twentieth century. American Journal of Sociology, 122(2), 325-378.

20世紀初頭に米国に移住した南欧・東欧系移民のサクセスストーリーを説明するにあたっては、当時拡大しつつあった製造業の内部労働市場での上昇が暗黙の前提とされてきた。論文では、この暗黙の前提を検証するため、20世紀前半に東欧・南欧系の移民を多く雇っていた3つの大・中小の製造業企業(その一つはあのフォード社)で20世紀前半に雇用されていた従業員の企業内で職歴データが分析され、東欧・南欧系の移民の内部労働市場での上昇は実はほとんどなかったことが示されている。

20世紀の前半に米国に移住した低スキルの移民の「同化」には製造業の拡大という時代効果(period effect)が強く想定されてきており、逆に現代の低スキルの移民の「同化」の失敗を説明する際には20世紀前半との産業構造の違いが挙げられることが多いが、これらのストーリー自体が正しくない可能性を検討するべき時にきている。

この論文で一番気に入ったポイントは既存の移民統合の理論(特に「新しい同化理論」と「分節化された同化理論」)の暗黙の前提を明らかにし、その前提が成り立たないことをデータを用いて批判していることである。また、たった3つの製造業系の企業のケーススタディーから、このような理論的インプリケーションを引き出すのは、とても深い先行研究の理解が必要だと思った。

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Connor, D. S. (2019). The Cream of the Crop? Geography, Networks, and Irish Migrant Selection in the Age of Mass Migration. The Journal of Economic History, 79(1), 139–175. 

19世紀半ばから20世紀初頭にかけてアイルランドから米国へは400万人ほどが移住したとされ、この間にアイルランドの人口は大幅に減少した。米国へ渡ったアイルランド人はどういう人たちだったのか?この疑問に答えるため、著者は1901年のアイルランド国勢調査を、1910年の米国国勢調査および1911年のアイルランド国勢調査にフルネームと年齢を使ってリンクし、アイルランドから米国への移住における社会経済的セレクションを分析した。分析結果として、1901年の時点で父職農業、農業生産性の低い地域に居住、父が非識字者、アメリカに既に移住がそれまでに多かった地域に居住していた者がアメリカに移住しやすいことを示してある。

この論文のすごいところはやはりアイルランド国勢調査と米国国勢調査をリンクして国をまたぐパネルデータを構築したことだろう。10年ほど前から、技術的な革新(OCR、機械学習的マッチング手法の導入 etc.)で、デジタル化されておらず、かつスペルや年齢で誤差が多い国勢調査、税金の記録、船の乗客名簿をデジタル化し、名前や年齢の情報を使ってリンクして、パネルデータを構築する試みが急速に増加していて、この論文も数あるそういう論文の一つではある。とはいうのものの、国をまたぐデータの構築は珍しく、おそらくデータ構築だけで死ぬほどの努力が必要だったものと想像される。

なお、この論文の著者は地理学者(地理学PhD)で、ジャーナルは経済学である。なので社会学の論文ではないが、著者の方は社会学系のジャーナルにも出していて、とても尊敬しているので、ここで紹介することにした。

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Lu, Y., Liang, Z., & Chunyu, M. D. (2013). Emigration from China in Comparative Perspective. Social Forces, 92(2), 631–658. 

中華人民共和国福建省は歴史的に大量の移民を世界各地に送り出している地域として知られる。本論文は1970年代後半から2000年代前半の福建省からの国際移住における移民のセレクションを調査・分析している。特筆するべきは欧州への移住が主流の福建省明渓県と、米国への移住が主流の福建省福州市という同じ福建省の二つの異なる地域からの移住を比較していることである。分析結果として、移住に関する理論が指摘するように、欧州と米国どちらへの移住でも家族や村の移住ネットワークが重要なこと、政治的資源(村や家族での地方共産党幹部との繋がり)へのアクセスが正に効くことが示されている。また、移住への制約が小さい明渓県からヨーロッパへの移住では学歴によるセレクションが皆無なのに対して、移住への制約が大きい福建省福州市から米国への移住では逆U字型の学歴選抜(中学歴が最も移住しやすく、低学歴者と高学歴者の移住確率は低いこと)があることが示された。

この研究の貢献は移民送り出し地域を世帯レベルでサンプリングし、移住した家族について聞きとるMexican Migration Project調査(ここでは詳しく説明しないが、移民研究界隈では最も有名な、メキシコからの移民に関する調査)と同じ設計の調査を中国で実施したことにある。また米国への移住だけでなく、欧州への移住に関しても調査していることも大きな貢献だろう。いつか日本への移住も対象にいれた中国での調査を誰か企画してほしい。
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感染症の発生源からの人口移動は、感染症の拡大をうまく予測できるか?論文では、コロナウイルス発生地とされる武漢を2019年の12月から2020年の2月までに経由して、他省・県へ移動した人口を携帯電話の位置情報データから計算し、その後の移動先の省・県での感染者数を予測できるかを検討した。分析結果として「とても綺麗に予測できました」という結論になっている。

「面白い!」というわけではなかったものの、2020年はコロナ抜きには語ることはできないので、10選の中に入れてみた。移民研究の端くれとしての理解だと、通常、このようなタイムセンシティブな研究では、データが揃っていないため、データが整備されている数年前の同年同時期の人口移動(例:1年前の同月の武漢から他地域への人口移動)の情報が現在にも当てはまると仮定して、感染症の拡散を予測するモデルを作るのが普通であろう。この研究がすごいのは、ほとんどリアルタイムで、しかも個人レベルの情報を用いて、人口移動とコロナウイルスの拡散をモデリングしていることだと思う。もちろん、中国のデータということで、プライバシー関連は少し気になる。

なお、自然科学系のNatureに載っているということで、「社会学なの?」と思われる方もいるかもしれない。この論文チームの責任者(いわゆるラストオーサー)は社会ネットワーク論のニコラ・クリスタキス氏で、社会学PhDを持ち、イェールの社会学部で教えていることから、社会学論文とカウントすることにした。クリスタキス氏は社会学者としての顔とともに、医師でもあり、かつ公衆衛生学でも有名であるスーパーマンである。

なお、社会科学系のジャーナルは生命科学系に比べると査読が長い(1−2年ほど)ので、まだコロナ関連論文は社会学の主要ジャーナル(AJS、ASR、Demography、SF)にはほとんど出ていない。来年、再来年はコロナに関する論文がとてつもなく増える予想をしている。

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Berger, T., & Engzell, P. (2019). American geography of opportunity reveals European origins. Proceedings of the National Academy of Sciences, 116(13), 6045-6050.

米国の世代間社会移動の開放性(親から子へ社会的地位が継承される度合い)には地域差がある。その地域差はどこに由来するのだろうか?著者らが出した答えはヨーロッパである。

欧州から米国へは19世紀から20世紀初頭にかけて大量に移民が渡った。著者らは722のCommuting Zone(CZ)レベルのデータを用いて、歴史上の移民の出身国別の米国内の定住先と、現在の米国内の社会移動の地域差には関連があることを明らかにした。例えば、北欧やドイツ出身の移民が多く定住した中西部のCZは社会移動の開放性が高く、イタリア系が多く定住した東海岸のCZでは開放性が低いという具合だ。なお、この関連は人種エスニシティに関係なく成り立つため、「人」に起因するのではなく、移民が地域ごとに作った「社会制度」の違いによると著者らは主張している。

この論文の面白いところは「巷」(=非学術的な文脈)では受容されているが、学術的な文脈では検証が難しくなかなか認められづらいストーリーをうまく実証したことにあると思う。論文中でもイントロでジャーナリスト兼作家のコリン・ウッダードが提唱する、現代アメリカを11の下位文化に地域区分する議論が引用されている。

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Gerhards, J., & Hans, S. (2009). From Hasan to Herbert: Name-giving patterns of immigrant parents between acculturation and ethnic maintenance. American Journal of Sociology, 114(4), 1102-1128.

移民が受け入れ国で自分の子供(移民二世)につける名前にはどういうパターンがあるのだろうか?著者らは移民の名前のドイツ化の指標(後述)を作り、南西欧(イタリア、スペイン、ポルトガル)、旧ユーゴスラビア、トルコ出身でドイツに居住する移民が、子供につける名前がドイツ社会への統合とどう関連しているかを分析した。分析結果としてはドイツ社会に統合(ドイツ人とのネットワークや社会経済的地位達成)されていればいるほど、ドイツ化された名前をつけるという結果になっている。

10年以上前の研究というのもあって、2020年の今から見返すと細かい分析の方法論では少し残念な点があるものの、Stanley Liebersonが1990年代に勢力的にやっていたファーストネームの研究を、移民統合研究の文脈に拡張したことが大きな貢献である。なお、私が一番感銘を受けたのは膨大な名前に関する情報を(1)ドイツでしか通用しない名前、(2)ドイツと出身国言語両方で通用する名前、(3)出身国でしか通用しない名前に分類した努力にある。論文中の注記によると固有名詞学(onomatology)という学問があるらしく、その研究者との共同作業らしい。

私も、戦前生まれの日系人の数万人のファーストネームに関する論文を書こうとしていて、(1)アメリカでしか通用しない名前(例: Theodore)、(2)アメリカでも日本でも通用する名前(George/貞治/丈治)、(3)日本でしか通用しない名前(例:Mitsuo)というような形で名前を3分類にしたいのだが、この作業をシステマチックにやる方法を思いつかずにいる。もしどなたか良い方法思いつく方いたら連絡をいただけると飛んで喜ぶ。

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Mohr, J. W., Bail, C. A., Frye, M., Lena, J. C., Lizardo, O., McDonnell, T. E., Mische, A., Tavory, I., & Wherry, F. F. (2020). Measuring Culture. Columbia University Press.

これは論文ではなくて本。文化の測定に関して、社会人口学者、文化社会学者、政治社会学者、社会ネットワーク研究者が共同で書いた本である。共著なのに全体にとてもまとまりがあって、おそらくこれまで読んだ社会学の本の中でも「面白さ」トップ20には入ると思う。イントロの章での社会学における文化の測定の歴史があるが、とてもよくまとまったレビューである。

ASR編集長のリザルド氏や、私がとても尊敬している若手人口学者のフライ氏(去年のこの記事で論文を紹介した人)なども執筆陣に入っている。なお、「測定」という言葉が使われていることで、日本でいうところの「計量」社会学の人のための本なのか?と聞かれたことがある。「計量」の人にも、「質」の人にも同じくらい有益だと思うし、執筆陣にもどちらもいる。特に文化社会学の領域は、計算機社会科学の台頭もあり、「計量」と「質」という区分は意味がないように思う。著者らもイントロでそういうことを述べている。

もっと紹介を書いてもいいのだが、私は文化社会学はど素人で、あまり変なことを書いてこの本の価値を損ねたくないので、これ以上は書かないでおく。

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以上である。見返すと、博論の先行研究となる移民研究(migration studies)関連の論文が多い。指導教員の先生にはもっと広く先行研究を読むように言われ、特に社会的不平等(social inequality)の先行研究(literature)のフレームワークを博論に取り込むように言われるのだが、どうしても移民研究の先行研究に引っ張られる気がする。元々の自分の関心なのだと思う。