2016年7月24日日曜日

ベルリン社会科学サマースクール(1週目)

フンボルト大学ベルリンの社会科学大学院
7月17日(日)より、7月28日(木)までの予定で、ベルリンにて開催されている社会科学のサマースクール(Berlin Summer School in Social Sciences)に参加している。このサマースクールはフンボルト大学のベルリン社会科学大学院(Berlin Graduate School of Social Sciences)、ベルリン社会科学センター(Wissenschaftszentrum Berlin für Sozialforschung, 通称WZB)が大学院生のために毎夏合同で開催している。すべてフンボルト大学の大学院生によってオーガナイズされている。

今年のテーマは”Linking Theory and Empirical Research”で、1週目に社会科学の理論と方法に関して異なった立場の教員がレクチャーを繰り返し、皆でディスカッションを行う。2週目はそれぞれの研究テーマごとに4つの分科会に分かれて研究交流を深める。昨日で1週目のプログラムが終了した。私は来週、「移民・市民権・社会格差」分科会に参加予定。

応募は4月にネットを通して行う。履歴、業績、現在行っている研究等をベルリン側に送付し、ベルリン側が選考を行う。一部参加者にはトラベルグラントが支給され、私(東京から参加)の場合、900ユーロ(約10万円)を受け取ることができる。

50名ほどの参加学生の中で東アジアの大学に所属しているのは私だけである。参加者のほとんどがヨーロッパの大学院所属の学生であり、それにアメリカ、カナダ、トルコが数名ずつ加わっている。また、修士(博士課程前期)の学生は私を含めて数人だけで、ほとんどは博士後期課程(ヨーロッパ諸国は日本のように修士と博士が分かれているところがほとんどである)とポスドクの学生。

「社会科学」というと経済学、政治学、社会学を指すことが多いが、サマースクールでは経済学者は一人だけで、学生も教員もほとんどが政治学か社会学を専攻していた(私は教育学研究科に所属しているが、教育社会学を専攻している)。比率は社会学:政治学で6:4くらいである。唯一の経済学者のSanjay Reddy氏はハーバードで数学を専攻した後、ケンブリッジで社会人類学の修士号をとり、その後ハーバードで経済学の博士号をとった異色の経歴の持ち主で、自分のことを"most sociology friendly economist"と言い、経済学が他のディシプリンを見下していることをあまりよく思っていないようであった。日本(東大)で勉強していると政治学>=経済学>社会学という社会科学内のヒエラルキーを感じるが、欧米では経済学>政治学>=社会学だと思われる。これは日本(東大)で政治学科が法学部にあり、法学部が圧倒的に「偉い」こととも関係もすると思う。

以下は1週目の日毎のテーマと講師である。

7月17日(日)ポスター発表会

7月18日(月)講義&演習① Epistemological Foundations of Methodological Paradigms
Sanjay Reddy(The New School for Social Research)
Gilbert Achcar(University of London)

7月19日(火)講義&演習② Causation and Explanation in the Social Sciences
Macartan Humphreys(Columbia University)
Hendrik Wagenaar(University of Sheffield)

7月20日(水)連邦議事堂視察&難民による抵抗運動視察

7月20日(木)講義&演習③ Concepts as Building Blocks of Theories
Vera Troeger (University of Warwick)
Donatella Della Porta (European University Institute)

7月21日(金)講義&演習④ Linking Micro and Macro Perspectives
Bob Jessop (University of Lancaster)
Nina Glick-Schiller (University of Manchester)

7月22日(土)ワークショップ Methodological approaches to studying the global economy - The micro-global approach to financial markets
Karin Knorr Cetina(University of Chicago)
Sanjay Reddy (The New School for Social Research)

私は初日のポスター報告で修士論文(来年1月提出予定)の第2章を発表した。予想以上に好意的に受け止められたので嬉しかった。ただ、ほとんど参加者は私のように研究の一部ではなく、博士論文プロジェクトの概要を発表しており、私も自分の未完成の修士論文の全体像がみえるような発表をすればより良かったのかもしれない。

20日(水)に見学した連邦議会の議事堂(国会議事堂)
講義&演習は社会科学の認識論における「実証主義」と「解釈主義」、方法論における「量」と「質」など異なるとされる立場の先生が米欧からバランスよく招聘されており(もちろんほとんどの先生はより中間的な立場にたっている)、サマースクール中に招聘教員から1対1の指導も受けることができる。

私はどちらかというと量的な手法を用いること多い(発表も計量分析であった)が、質的なアプローチで経験的な研究をしている院生が目立った。これは量的アプローチをとる学生が同時期にアメリカのミシガン大学で行われるICPSRに参加していることの影響かもしれない(もちろんICPSRの方が規模も知名度もある)。

議事堂内の壁へのソ連軍による落書き
観光はあまりできていないが、20日(水)に見学した連邦議会の議事堂とその中の壁の落書き(1945年に議事堂を占拠したソ連軍によるもの)は大変興味深かった。落書きはソ連軍の兵士の名前や出身地が記されており、度を超えて侮蔑的なものは消される一方、多くはそのまま議事堂の壁に保存されている。落書きを残すことには、ドイツの保守系議員の一部から反発の声もあったようだが、忘れてはいけない「歴史」として残すことを決めたらしい(連邦議会公式ガイド談)。私は修士論文の一部としてドイツの帰化テスト(移民が国籍を取得するために受けなければならないテスト)を分析しているが、そこでも第二次世界大戦前後の暗黒時代の歴史に関する質問が目立つ。連邦議事堂の落書きを通して、現在のドイツの国としてのナラティブにナチス時代の負の歴史から目を背けないことがいかに大切にされているかを改めて感じることができた。負の歴史から目を背けようとする動きが目立ってきているどこかの国とは大きく違う気もした。

最後に現地での生活について。現在はフンボルト大学のゲストハウス(住所:Ziegelstrasse 2)に宿泊中。ベルリン社会科学大学院までは徒歩15分程度。キッチン、トイレ、シャワー共有の4人用のアパートの個室なのだが、アパートを使っているだが自分だけなのでかなり豪華なスペースの使い方をしている。12泊13日で455ユーロであった。普段は自炊しているが、器具はフライパン等しかないので、毎日朝と晩は卵を焼き、スーパーで買ったパンとトマトとチーズと一緒に食べる生活をしている。昼は大学の食堂(Mensa)で食べる。

以上、徒然なるままに書いてしまった。誰も最後まで読む人がいないかもしれないが、いつか検索で引っかかってくれる人がいることを願う。今後、日本からもこのサマースクールに参加者が増えるといいと思うので、是非来年以降の応募を考えることをおすすめする。次回以降の投稿ではサマースクール中に課題として出された論文や、明日から始まる「移民・市民権・社会格差分科会」についてまとめたい。

→二週目についてはこちら

2016年7月9日土曜日

綺麗な表の作り方(Stataのoutreg2)

論文に載っているような綺麗な表を出力するためのoutreg2というコマンドがStataにはある。デフォルトの設定はすぐに使えるようになったのだが、必要な各種統計量を表に自動的に追加するオプションの使い方がいまいちわからず本日は無駄な時間を使ってしまった(マニュアルで追加すれば一瞬で終わる)。

今週は時間と戦っているのでこんな非本質的なことに時間を使っている場合ではなかった。ただ、せっかく学んだので備忘録としてメモしておく。

なお、outreg2は以下のコードでインストールする。説明はこのブログを読まなくてもいろいろなところにあるが、例えばここに詳しい。

ssc install outreg2

以下は、y1 x1 x2 x3 x4という変数を用いて、Pooled-OLS推定、固定効果推定、ランダム効果推定をした後に、outreg2で表を出力するコードである。outreg2のデフォルトの出力(係数、標準誤差、R2乗、N)に加えて、各モデルにそれぞれの推定方法の名前をつけ、Between R-Squared、Within R-Squared(注1)、Overall R2-Squared、sigma_u、sigma_eにそれぞれ名前をつけた上で表の最後に追加し、エクセルファイルに出力されるようにしてある。ワードファイルに出力したい場合、.docに変更すれば良い。

コードは以下の通り。少なくともStata14がインストールされている私のmacbookairでは走った。

xtset id time
quietly reg y1 x1 x2 x3 x4
outreg2 using myreg.xls, replace ctitle(Pooled OLS)
quietly xtreg y1 x1 x2 x3 x4 ,fe
outreg2 using myreg.xls, addstat(Within R-squared, e(r2_w), Between R-squared, e(r2_b),Overall R-squared, e(r2_o), sigma_u, e(sigma_u),sigma_e, e(sigma_e)) append ctitle(Fixed Effects)
quietly y1 x1 x2 x3 x4,re
outreg2 using myreg.xls, addstat(Within R-squared, e(r2_w), Between R-squared, e(r2_b),Overall R-squared, e(r2_o), sigma_u, e(sigma_u),sigma_e, e(sigma_e)) append ctitle(Random Effects)

もっとかっこ良い書き方があると思う。私はStata歴2ヶ月強なのでゆるしていただきたい。ただ、一応これでも綺麗な表は出力されるはず。検索でたどり着いた方は試してみてください。なお、Stataに関しては英語で情報がたくさんネットに上がっているので英語で検索されることをおすすめする。

(注1)この場合、固定効果モデルにおけるWithin R2-SquaredとOLS推定のR2-Squaredは一致する。

2016年7月3日日曜日

移民はソーシャルキャピタルを低下させるか?(Kesler and Bloemraad 2012)

Kesler, C., & Bloemraad, I. (2010). Does immigration erode social capital? The conditional effects of immigration-generated diversity on trust, membership, and participation across 19 countries, 1981–2000. Canadian Journal of Political Science, 43(02), 319-347.

Christel KeslerとIrene BloemraadがCanadian Journal of Political Scienceで発表した論文。Irene BloemraadはUCバークレーの教授で、社会学における移民研究、特に米加比較で注目されている研究者。Christel Keslerは若手で、おそらくバークレーでIrene Bloemraadの指導を受けていたのだと思われる。

hunker downしている亀のイメージ
本論文はhunker down仮説を個々の国レベルの状況をしっかりと加味した上で再検証しようという内容。hunker down仮説とはカメが外界を信頼していない時に頭を引っ込めて甲羅に閉じこもるように、移民流入によって多民族的状況が生まれると、ソーシャルキャピタルが低下するという仮説。ソーシャルキャピタルは論者によっていろいろな定義があるが、本論文では(1)社会的信頼(周囲の人への信頼感)、(2)市民団体への参加(教会、ボランティア団体etc.)、(3)政治行動(請願活動、合法的なデモetc.)の三つで計測されうるもの、とゆるく考えておけばよい。hunker down仮説はもともとPutnam(2007)で提唱され、メディアも含めていろいろなところで有名になった。パットナム本人は論文では微妙な言い方をしているのであるが、世に出回っている基本的な理解は以下の図式である。

hunker down仮説:多民族的状況⇨ソーシャルキャピタル低減

KeslerとBloemraadの論点を先取りすると、外国人移民流入(多民族的状況)によるソーシャルキャピタルの低減は経済的格差が大きい国・多文化主義政策が実施されていない国のもとで深刻になる、ということになる。最終的に著者らは、hunker down仮説をそのまま受けいれることはできないと結論づけている。
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以下、論文の細かい要約と私のコメント。KeslerとBloemraadは、hunker down仮説がアメリカのデータから概ね支持されているものの、一部の国(特にヨーロッパ)では支持されていないことに着目して仮説をたてていく。著者らは各国個別の(1)経済的格差と(2)多文化主義政策が、多民族的状況がソーシャルキャピタルを低減する効果を媒介しているのではないかと考え、hunker downを媒介する要因とその方向を明らかにしようとしている。なぜ著者らが経済的格差と多文化主義政策に注目するかについては実際に論文を読まれたい。著者らが検討する仮説は大きく要約すると以下のようにまとめられる。

(1)経済的格差仮説

経済的格差仮説:多民族状況⇨(経済格差)⇨ソーシャルキャピタル低減

経済的格差の拡大は多民族的状況がもたらすソーシャルキャピタルの低減をより深刻にする形でhunker downを媒介するという仮説。逆に、経済的格差が小さいと多民族的状況がもたらすソーシャルキャピタルの低減もより緩やかになるという仮説。

(2)多文化主義政策仮説

多文化主義政策仮説1:多民族状況⇨(多文化主義政策)⇨社会的信頼低減
多文化主義政策仮説2:多民族状況⇨(多文化主義政策)⇨市民団体参加・政治行動増大

多文化主義政策に関しての著者らの見解はソーシャルキャピタルを社会的信頼と市民団体参加・政治行動に分けて考えなければならないためわかりにくくなっているが、要するに多文化主義政策は民族グループを固定することにより社会的信頼の低減をより深刻にするが、逆にエスニック団体も含めた市民団体への参加や政治行動をより増大させる、ということのようである(本文ではここまで明快には述べられていない)。なお、ここでいう多文化主義政策とはカナダに典型的にみられるような国内の民族・移民マイノリティを承認し一定の権利を与えるような政策のことをいう。

論文で使用されるデータはWorld Value Surveyのうち「発展した民主主義国家」(advanced democracies)19カ国で1980年代、1990年代、1990年代半ば、2000年代に各国で行われた調査データファイルを合併している。サンプルサイズは従属変数によるのだが、レベル2(カントリーイヤー)は47-60で、レベル1(個人)は66,573-77,756である。

分析にはマルチレベルロジットモデルが使われている。Bloemraadは質的手法で有名になった研究者だが、日本だと計量社会学者を自称する人々しか使わなさそうな複雑なモデルを平気で使うところに北米の社会学における計量分析の浸透度合いを感じとることができる。

従属変数は3つあり、「社会的信頼の有無」(「人は信頼できるか?」に対する回答)、「市民団体参加の有無」(ボランティア団体、教会etc.)、「政治行動の有無」(請願活動、デモ etc.)ですべて2値で表現している。

モデルの基本的な数式は以下によって表すことができ、pがそれぞれの従属変数の確率、iがカントリーイヤー、jが各個人を指す。

loge[pij/(1-pij)]=B0+B1di+B2Xij+B3Xi+B4×外国人比率+B5Xi×外国人比率+εij+ζi
(p.331)

ベースラインモデル(上式の右辺第四項まで)として以下がまず提示される。

独立変数(レベル1/Xij):女性ダミー、既婚ダミー、年齢、教育年数、年収十分位、年収欠損ダミー、失業ダミー、非労働力ダミー、カトリックダミー、プロテスタントダミー、その他の宗教ダミー(ref.無宗教ダミー)
独立変数(レベル2/di):各国ダミー(ref.アメリカ)

その上で、ベースラインモデルのレベル2に様々なパターンのマクロレベル変数と、それらの交互作用を追加することで仮説を検証する。追加する変数は以下の通り。

独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率(モデル1)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、Gini、外国人比率×Gini(モデル2)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、多文化主義スコア、外国人比率×多文化主義スコア(モデル3)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、Gini、多文化主義スコア、外国人比率×Gini、外国人比率×多文化主義スコア(モデル4)

多文化主義スコアはBantingとKymlickaが作成した三値のMulticultural Policy Index(MCP)を二値に変換している。この指標は私も使ったことがあるが、指標自体の問題とともに、著者らが同一国のすべての年で同じ値を投入していることに一定の問題があると思われる(現在のMCPは年代ごとに指標が作成されているが、KeslerとBloemraadが指標を使ったころには指標は1時点だったのかもしれない。いずれにせよ、各国に時間固定のスコアをわりふっただけではベースラインモデルの各国ダミーにMCPの違いがbetween country effectとして吸収されてしまい、時間変化(within country effect)をみることを主張している著者らの分析戦略に反してしまうと私は考える。この問題について後述する)。

分析結果として、モデル2とモデル4の外国人比率とGiniの交互作用がすべての従属変数に関して負に有意となり、経済的格差仮説は支持されている。多文化主義仮説1については支持されず、多文化主義仮説2は支持されている。また重要なファインディングスとして、どのモデルにおいても、外国人比率それ自体の主効果は社会的信頼に対して有意な効果はなく、あるのは市民団体参加と政治行動に対する正の効果のみである。よって、外国人の増大は社会的信頼を低減させるが、それはアメリカのような経済的格差が大きい国の状況で想定される話であって、経済的格差を縮小できれば外国人増大の効果自体は問題とならない可能性が示されている。

複雑で問題もあったが、面白い論文なので自分なりにまとめがいがあった。マルチカルチュラリズム支持者に都合のよい実証論文ともいえるかもしれない。

かなり専門的な話になってしまうが、この論文で一番気になったのは、内容というよりはマルチレベルロジットモデルの使い方だ。カントリーイヤーファイルをレベル2として指定し、ベースラインモデルでレベル2に各国のダミー変数を投入することで、時間不変のbetween countryの影響を除去し、within countryの影響だけをみていると主張している(p.331)。本当にそのようなロジックが成り立つのかに関して少し疑問もあり、さらに上述したように多文化主義政策指数をいれた意味をなくしてしまう恐れがあるが、非常に面白い方法だと思った。私は勉強不足もあり、このような方法を始めてみたのだが、もしこの方法が正しいとすれば、他の国際比較調査の分析にも応用できると思われる。

追記:このモデルはカントリーパネルに個人がネストしているデータと考えればよいと思った。パネルデータ分析の際のランダム効果モデルに全個人のidのダミー変数を投入したとすると固定効果モデルと同じ推定値が得られるはずなので、KeslerとBloemraadの「時間不変のbetween countryの影響を除去するためにダミー変数を投入する」という考え方は正しいと言えるのかもしれない。ただし、正しいが故に、時間不変の多文化主義政策指数をいれた意味はなくなってしまい、この論文の結果の解釈が困難となる。