2017年7月26日水曜日

社会学PhD出願の記録(5)-今後検証が必要な米国PhD出願に関する都市伝説


1. 前置き


このブログではアメリカの社会学PhD課程への出願に関する情報を私の経験を基に執筆している。私のプロフールや連絡先はこちら、本ブログの背景や情報の利用の諸注意についてはこちらを参照のこと。前回までアメリカにおけるPhDとMAの違い出願校の決め方出願に必要な書類について記載してきた。

本日はアメリカPhD出願に関する都市伝説について書きたいと思う。ここで「都市伝説」とは、アメリカPhD出願者の間で広まっている情報のうち、情報が誇張されているか、情報の全部あるいは一部が間違いかもしれないと私が考えているものである。ここには、社会学以外の専攻やアメリカ以外の国にしか当てはまらない事実が、社会学やアメリカのPhDに一般化されて広まっているものも含まれる。もちろん、以下には部分的には正しい伝説もある。今後、日本からのPhD出願者の間で、より丁寧な事実確認や検証がなされることが望ましいと思っている。このためには日本で教育を受けた学生がアメリカのトップR1大学で教員となって、Admission Comitteeを経験し、情報共有する必要があるだろう。私の実力では向こうでPhDを取るだけで精一杯な気がするので、誰かこのブログを読んだ人の中でそういう優秀な人が出てくることを願っている。

検討するのは ⑴ 早く出願した方が合格しやすくなる、⑵ アメリカのPhD課程では全員に給料が出る、⑶ GREのVerbalは留学生には重要ではない、⑷ 外部財団の奨学金をもっていると合格しやすくなる、⑸ 出願先大学教員へ事前のコンタクトや訪問が必要である、の5つである。

2. 都市伝説


⑴ 早く出願した方が合格しやすくなる


この情報は、アメリカの社会学PhDに関していえば、ほとんどすべてのプログラムで当てはまらないので信用しない方が良い。おそらくこれはイギリスの大学院出願やアメリカの一部のTerminal Master課程の情報をアメリカPhDにも適用してしまったことによる勘違いだろう。アメリカのPhDでは明確な締め切り日(12月初旬ごろが多い)が決まっており、そこで出願を締め切った後に事務方が書類を整理して、Admission Comitteeの会議に一斉にかけるようだ。よって、締め切りまでに出せば、どれだけ早くても合否には特に関係ないと思われる。また締め切りに少し遅れても、Admission Comitteeの会議に間に合えば、審査してもらえる可能性もあるのではないかと思う(保証はできないが日本と違って交渉次第で融通がききそうである。ただ、心がけとして締め切りは守るようにしよう)。

イギリスでは、一部の大学院がRolling Admissionという方式をとっており、10月ごろに出願が可能となってから出願された順に審査して、5月ごろまでかけて枠を埋めていくところが多いらしい。つまり、一部のイギリスの大学院に限ってはこの都市伝説は正しく、より早く出願した方が有利になるようだ。【ただ、これも早ければ早いほど良いというよりは、審査の日付が複数回に分かれて決められているようなものだと私は思っている。例えば、10月ごろに出願可能となるオックスフォード大学社会学研究科は大学からの奨学金を得たい人のための締め切りが1月中旬に設定されており、それに間に合わなかった場合でも4月ごろまで出願できる仕組みだった。私はオックスフォード大学の締め切りギリギリ(1月中旬)に出し、3月初旬に問題はなく全額奨学金付きで合格をもらえた。大学院合格情報共有サイトでオックスフォードの最初の合格が報告されたのも同じころで、3月初旬以前に合格した人はいなかった可能性が高い。もしかするとオックスフォードが特別なのかもしれないが、例えRolling Admissionであったとしても早ければ早いほど良いというものではないだろう。】*

*【2017/7/27追記】:指摘があって調べたが、厳密にはオックスフォードのような方式はRolling Admissionとは言わないようだ。イギリスの大学院でもRolling Admissionは多くはないのかもしれない。

なお、アメリカでも、社会学のTerminal Masterプログラムでは、Rolling Admissionのところがあるらしい。アメリカと日本ではMasterとPhDの関係が異なるので十分に注意したい。


⑵ アメリカのPhD課程では全員に給料が出る


この情報は部分的に正しいが、いわゆる上位R1大学のPhD課程(30-40位以上くらい)に限ってのことであり、実際には学費のみが免除になって生活費が出なかったり、生活費を一部の大学院生にしか約束しない大学院もある。よって、出願時には出願先でFundingがどのようになっているかに細心の注意を払った方がいい。経験的には上位私立大学ではシンプルに一行で"We provide five-year funding for all admitted students"のように書かれてあり、怪しいところはやたら細かい条件が提示してあったり、"Many of our students recieve some kind of financial support"のような曖昧な表現に変わる。工学系や経済学のPhDだと、私費で進学しても、その後の民間への就職で金銭的リターンが見込める場合もあるだろうが、特に金銭的リターンが見込めない社会学・政治学や人文系のPhDをとるのに数千万円支払うのはおすすめできない。よく"Don't pay for PhD"というような表現を目にするが、アメリカ社会学に限っては全くその通りだと思う。外部財団から奨学金が約束されている場合は問題ないが、それ以外の場合に、奨学金(=生活費+学費)が出ないプログラムに進学するのは大きなリスクだと考えた方が良い。


⑶ GREのVerbalは留学生には重要ではない


GREのVerbalは留学生には難しすぎてそもそもできる人がいないので、選考側はあまり気にしていないという理論を聞いたことある人は多いのではないだろうか?この伝説は半分は真実だと思う。確かに留学生だからネイティブほどのスコアは求められないだろう。ただ、選考側が英語力を重視していないと考えてはいけないむしろ英語力は選考側にとても重視されており、GREやTOEFLでは大学が求める英語力が十分に測れずに問題になっている、というのが実情のようである。

PhDへの選抜プロセスを教育社会学的に研究したPosseltによると、アメリカのPhDプログラムではアジア(特に中国)からの留学生の英語力が大きな懸念となっているらしく、どの基準を用いれば留学生の英語力を正しく判断できるかに大きな関心が寄せられているという(Posselt, 2016 : pp.141-143)。TOEFLやGREが高くても参考材料にならないと考える教員が多いようだが、そのGREの点数でさえ低かったら英語ができないと推定されてしまうことは容易に想像される。GREのVerbalは難しいだろうが、やはり最低でも150点後半(70パーセンタイル以上)あった方が良いのではないだろうか。

なお、先のPosseltは良いGREやTOEFLのスコアだけでは英語力が判断できないため、アメリカの大学に在籍歴のある留学生が好まれるということを述べている(Posselt, 2016 : p.142)。これはアメリカでPhDを取得した私の大学院の指導教員も述べていたことで、PhDに不合格だったら、高額を払ってでもアメリカの1年制のMaster(Terminal)に進学して好成績をとり、その後にPhDにアプライするように勧められた(アメリカにおけるPhDとMasterについてはこの記事を参照)。まだ出願までに時間がある人なら、交換留学でアメリカの大学に行って向こうで良い成績をおさめるなど、TOEFLやGRE以外の部分でも、自分の英語力(+アメリカへの適応力)を証明する方法を考えることが重要なように思う。


⑷ 外部財団の奨学金をもっていると合格しやすくなる


アメリカの上位の大学院のPhD課程は合格者全員に5年間の全額奨学金(授業料+生活費+保険)を出すことから、大学側の合格者一人に対する経済的負担は相当大きい(1人に対して4000-5000万日本円以上の計算)。よって、それをいくらかでも外部資金でカバーできる出願者は選考において好まれるとされている。これは私も出願プロセスに入るまで信じきっており、だからこそ日本の奨学金に出願前に合格しようと必死で、実際に合格した。ただ、今から振り返ると、外部奨学金獲得がPhD合格に影響するというのはどこまで本当か疑わしく、ある程度の影響は想定されるにしても、一部で言われているように大きな影響があるかは疑わしいと思っている(もちろんないよりはある方が良いだろう)。

私がはじめに外部財団奨学金保持のPhD合格への正の影響を疑ったのは、いくつかの大学のオンラインでのPhD出願ページで明確に外部奨学金獲得の合否への影響を否定しているところあったことだ。外部奨学金を獲得していた方が有利であることを公言しないのは理解できるが、もしもインフォーマルに外部奨学金獲得者を有利に扱っているなら、わざわざ公式に否定する必要があるだろうか?

ちなみに私の場合、獲得した日本の某財団の奨学金は志望校を5校までリストしてよく、その他の大学に進学することになった場合には志望校変更の申請をしなければならないというルールだった。出願時に大学側に外部財団奨学金合格の旨を伝えて、財団側への志望校変更申請が事後的に不許可になった場合、虚偽記載として合格を取り消されるのではないかと恐れて、律儀に5校だけに奨学金合格を伝えた(今から考えると杞憂だった。全部に伝えても全く問題なかった)。結果は、奨学金合格を伝えていた5校は全て不合格となり、奨学金獲得について何も伝えなかった9校のうち3校に全額奨学金付きで合格した。もちろん、志望順位上位の5校の方が選考が厳しかった可能性は十分にある。また、奨学金獲得を伝えることが不利に働いたことはあり得なかった(=伝えないよりは伝えた方が良かった)と思っているが、少なくとも私にとって奨学金獲得と合否は関係がなかった。また、私が知っているPhD出願者の中にもそれぞれの経験から、奨学金合格との関連性を疑問視しておられる方が何人かいる。

もちろん、外部奨学金に受かっていると入学後に様々な特典があるので、受かっておくことに損はない。またもし受かっているのなら、とりあえず出願時にその旨を伝えた方がいいのは確かだろう(伝えることで何もデメリットはなさそうだ)。ただ、現段階の私の考えは、実際に外部奨学金獲得の事実がPhD合格へ正の影響を与えていたとしても、それは大学が出願者へのFundingを減らせるという大学への経済的効果で説明されるよりは、フルブライト奨学金等のセレクティブな奨学金に合格していることによる出願者のポテンシャルのシグナリング効果によって説明されるべきものなのではないか、というものである。

これから出願する人にとって重要なのは、例え外部奨学金に合格していなくてもPhDプログラムに合格できるし、逆に外部財団の奨学金に合格していてもPhDへの合格が保証されるわけではないということである(私以外にもフルブライトや各種日本の財団の奨学金獲得者をたくさん知っているが、多くの人がたくさんのPhDプログラムに落とされている)外部奨学金を持っていることに越したことはないが、例えダメでも、諦めずに出願してほしい。外部奨学金に関しては大学や研究科によっても大きく方針が違うだろう。アメリカの大学のAdmission Commiteeの内情を知っている人がいたら今後是非教えて欲しい。

⑸ 出願先大学教員へ事前のコンタクトや訪問が必要である


結論からいうと、アメリカの社会学PhDの場合、指導教員候補への事前連絡や訪問はなくても大丈夫なところの方が多いようだ(理系とはここが大きく異なる!)。もちろん、連絡してもマイナスになることはないだろう。私の場合、第一志望のUCバークレーの先生とのみ、私のことをとても評価して下さったドイツ人の先生(ベルリンで繋がった)に紹介されてコンタクトをとった。だが、バークレーは不合格となり、最終的に合格した全ての大学院の教員とは事前連絡を取ったことがなかった。バークレーの先生と連絡を取った際には私の論文に丁寧なコメントを下さって感動したが、「今年はAdmission Committeeのメンバーではないので出願に関しては何もできない」と告げられた(真偽は不明だし、仮にメンバーだった場合に私の益となるように何かしてくれたのかどうかはわからない)。

そもそもアメリカの社会学PhDでは事前の連絡を推奨していないところが多い(但し、UNC Chapel Hillのように一部で事前連絡を推奨しているところもある)。基本的には合格後のRecruitment Weekに訪問を要請されて、そこで教員と面談をする設定である。例えばハーバード社会学研究科のFAQのページにはこのように記載されている。

In the interest of treating all applicants equally, the Sociology Department at Harvard University has a policy of not scheduling meetings between faculty and prospective doctoral students until admissions decisions have been made.

また、例え強力なコネがあったとしても、社会学PhDは社会学研究科としてコーホートのバランス等も考えてPhDを受け入れるらしい(教員と学生の一対一ではない)。よって、コネがあり出願者のことを高く評価している教員がAdmission Comitteeにいてもできることは限られてくるのではないかと思う。もちろん、Admission Comitteeに入っていない教員も選考プロセスに関われる大学もあるようであるが、基本的には入学はAdmission Comitteeに最終権限があるようだ。

もちろん、連絡を取ってみることに損はないだろう。だから、連絡とってもいいかもしれない。ただ、10校程度に出す場合、出願校全部には必要ないかもしれない。また、返事がかえって来なくても落ち込まないようにしよう。

なお、イギリスや大陸欧州の社会学PhDの場合、事前のコンタクトは重要だと聞いた。またアメリカでも、理系では事前コンタクトが必須のところがあるらしい(各プログラムというよりはラボとの関係になるため)。よって、自分が受ける国やプログラムの実情を調べた上で、連絡するかどうか決めることが重要だと思う。なお、年配の先生方のお話を聞いていると、アメリカの社会学PhDもかつてはもっと一教員の裁量が大きい時代もあったのではないかと思うことがある。PhD選抜の歴史に詳しい人がいたら教えて欲しい。

<参考文献>
Posselt, J. R. (2016). Inside graduate admissions: Merit, diversity, and faculty gatekeeping. Harvard University Press.

2017年7月19日水曜日

社会学PhD出願の記録(4)-出願に必要なもの(CV、志望動機書、推薦状、論文編)


1. 前置き

このブログではアメリカの社会学PhD課程への出願に関する情報を私の経験を基に執筆している。私のプロフールはこちらを参照のこと。前回の記事では、出願に必要な書類のうち、TOEFL、GRE、GPAについて書いた。本日は、Curriculum Vitae (CV/履歴書)、Statement of Purpose(SoP/志望動機書)、Letter of Reference(LoR/推薦状)、Writing Sample(WS/論文)、Personal History Statement (パーソナルヒストリー)について書きたい。

長い記事に写真がないと寂しいので米大学のロゴ一覧
選考プロセスについては前回の記事に目を通してほしい。前回紹介したTOEFL、GRE、GPAが出願者を落とす足切りのために存在するとすれば、本日紹介する書類は出願者を合格させるために存在すると思えば良いだろう。特にSoPとLoRとWSはとても重要だ。なお、本記事の諸前提や注意書きについてはこの記事の前置きを読んでほしい。

2. 出願に必要な書類-Part 2-

(4)Curriculum Vitae (CV/履歴書)

これは日本でいうと履歴書に当たり、内容としては学歴、職歴、発表論文歴、学会発表歴、獲得研究費・賞、所属学会等のアピールポイント書く。日本のように様式が画一的に指定されているわけではないので、自分で作成しなければならない。米国の各大学院の社会学研究科の大学院生のページでは、大学院生のCVがダウンロードできるところが多いので、そこでいくつかのCVをダウンロードして参考にすると良い。日本のように顔写真を載せることはしない。

(5)Statement of Purpose(SoP/志望動機書)

Statement of PurposeはSoPと略されることもある。この書類は通常レターサイズ(アメリカではA4は使わないので注意すること!!!)のシングルスペースで1-2枚程度としている大学が多い。合格を決める、最重要書類の一つだ

内容はこれまでの勉強・研究の経験社会学の下位分野の研究関心志望大学の社会学研究科を志望する理由指導教員の希望個人の経歴等を書くことが求められる。通常、選考委員会は200人以上の応募者の中から20人以下の合格者を絞り混む過程でこの書類に目を通す。選考委員によって評価の仕方は違うと思うので一概に言うのは難しいが、少しでも覚えてもらえるように印象的に書くのが重要だろう。また、事実の羅列にとどまらず、関連づけられたストーリーとして一貫性をもって書くことが重要だとも思う参考になるのはウィスコンシン大学マディソン校社会学研究科のこのページや、UCバークレーのこのページなどだ。また、身近に合格経験者がいたら、SoPのサンプルを参考にお願いしてみるのが良いと思う(剽窃ソフトを使っている大学院もあるらしい。当たり前だが、コピペは厳禁)。

以前の記事で述べたように、アメリカのPhDへの出願では、5-10校程度に出願するのが一般的である。SoPの研究経験や研究関心等の部分は使い回しで良いだろうが、それぞれの大学院社会学研究科について、個別になぜ自分が志望するのか固有の理由を書くのは大変で時間がかかるので覚悟が必要だ。例えば、私が進学するブラウン大学の場合、私の研究関心である移民研究(Migration studies)が強いことや、PhD在学中に他の分野の修士号を自由に取れる等の大学固有の特徴があるため、それらを述べた。その他の出願大学についても色々と調べた。指導教員希望に関しても同様で、事前に十分なリサーチが必要だ。

なお、大学によってはStatement of Purposeの他にPersonal StatementやPersonal History Statementが求められる場合もある(e.g. ミシガン大学アナーバー校やUCバークレー)。志望大学がPersonal History Statementを求めてきている場合は、Statement of PurposeとPersonal History Statementの内容をある程度棲み分けするという戦略も考えられる(*)。

*ただし、Statement of PurposeのことをPersonal Statementと呼ぶ大学院もあるようだ(e.g. ブラウン大学)。よって、それぞれの書類で何が求められているかをAdmissionのページでよく確認する必要がある。

(6)Letter of Reference(LoR/推薦状)3通以上


LoRと略されることがある。ほとんどすべての大学院で、三人または三人以上からの推薦状が求められる。時折、二人しか求めないところ(e.g. コーネル)がある。私は四人に頼んだが、基本的には三人で良いと思う。誰に頼むか?(a)指導教員等、研究者としての自分のことをよく知っており、(b)アメリカで評価される推薦状がどういうものなのかを知っている人で、(c)アメリカの社会学者にも知られている先生にお願いするのが良い。アメリカでは、日本とは推薦状の意味合いが大きく異なり、推薦状は選考においてとても重要な意味をもつ推薦状で合否が決まることもあると聞く。日本の大学にいる場合、(c)の要件を満たす先生を見つけるのは相当大変だと思うが、最低限(a)と(b)の要件を満たしておきたい。


何らかの事情で断る先生がいるかもしれないので、少なくとも2ヶ月以上前には推薦状をお願いすることをおすすめする。推薦者候補の先生にはCV、Statement of PurposeやWriting Sampleのドラフトとともに、自分のアピールポイントを箇条書きにしたメモを渡すと良いだろう(推薦状本文を自分で書くのはやめた方が良い(下記参照))。


私の場合、学部指導教員(所属:東大)、大学院指導教員(所属:東大)、大学院で授業をとった先生(所属:東大)、長期海外研究インターンの上司(所属:スイス連邦工科大)の計4名にお願いをした。スイスの上司を除く全員が米英で博士号を取っており、全員が社会学系の英文ジャーナルに論文を掲載したことがあった。スイスでの研究インターンは社会調査系だったが、上司はドイツで生物学の博士号を取っている方だった。社会学のPhD課程への出願で、社会科学外の分野での研究者の推薦状がどの程度有効かは不明だが、少なくともマイナスにはならなかったであろうと考えている。強くプラスには働くと思われるのは米国トップ大学で教えている現役教員(Associate Prof以上)の推薦状だ。そういう先生が日本にサバティカルで来ていて日本の大学で演習などを持っていた場合、演習を履修・聴講し、コネクションを作っておくと良いかもしれない。ただし、いくら有名な先生でも、平凡な内容の推薦状だと意味がないので、自分が優秀であることを予めその先生に証明しておかなければならない。


なお、推薦状は推薦者から大学に対して直接uploadされる。よって、私は自分の推薦状の文面を見たことがない。日本の大学院を出ている先生の中には、推薦状を頼まれると、被推薦者に対して自ら推薦状文面を書いてくるように伝え、その内容をほぼ変えずに署名する先生がいるということを聞く。これはアメリカでは不正行為とみなされることがありうるので注意した方が良い。またこのような推薦状理解の先生は、アメリカでの推薦状の意味や、アメリカで良いとされる推薦状の文面を理解していない可能性があるので、避けた方が良いかもしれない。

(7)Writing Sample(WS/論文)1本以上

社会学分野で論文を書いて提出することが求められる。ほぼ全ての大学で必須。分量は大学によるが、レターサイズにダブルスペースで20-30枚程度のところが多い。日本の社会学系専攻の場合、卒論や修論で無駄に長いものを求める傾向にある(私は卒論で8万字以上、修論で10万字以上という規定だった)ので、そのまま英語に訳して提出することはできない。なお、2本以上の論文を提出して良い大学や、長さに制限のない大学もある。

私は修士論文と同時並行で出願した(M2の冬に出願)ので、修論の実証分析のうち一番自信のあるものを先に英語で書き、それを提出した。M2の夏にドイツの大学での研究発表大会や、日本の学会で発表を経て、いろいろな方のアドバイスを既に得ているものだったので書き始めるとスムーズに書けた。Writing Sampleはとても時間がかかるので、出願前の夏には構想し始めた方が良い。

(8)Personal History Statement (パーソナルヒストリー)

この書類を求める大学は少数派で、私が出願した大学の中ではUCバークレー、UCLA、ミシガン大学アナーバー校だけだった。分量はレターサイズのシングルスペースで1-2枚程度。パーソナルな経歴や家庭背景がいかに社会学PhD出願にまで至ったか、といった内容を書くことが求められるようだ。参考となるのはUCバークレーのこのリンクやミシガンのこのリンク。社会的に不利な家庭背景で育った場合(e.g. エスニックマイノリティ、貧困家庭)、いかに自分がそれらを乗り越えて大学で勉学に励んだか、というようなことを詳しく書けば良いと思う。またそのような家庭背景と研究テーマとの繋がりも書けると良いだろう。ただし、Statement of Purposeでも同じようなことを書いている場合、棲み分けが必要となる。
私はPersonal History Statementは他の書類(Statement of Purpose、Letter of Reference、Writing Sample)と比べると重要性は低いのではないかと思っている。私の推測になるが、このPersonal History Statementが州立大学のみで求められていたのは偶然ではないかもしれない。基本的に、米国の州立大学は私立と違って多様なBackgroundの人に教育機会を提供することを目的としている。だからこのような書類で、特に不利な家庭背景を持つ出願者の経験を少しでも汲み取ろうとしているのかもしれない。
以上、出願に必要な書類をレビューした。特に、Statement of PurposeとLoRとWriting Sampleは重要と思われるので丁寧に準備した方が良いだろう。

2017年7月14日金曜日

社会学PhD出願の記録(3)-出願に必要なもの(TOEFL・GRE・GPA編)


1. 前置き

このブログではアメリカの社会学PhD課程への出願に関する情報を、私の経験を基に執筆している。私のプロフールはこちらを参照してほしい。これまでの投稿では、アメリカにおける(1)PhD課程とMA課程の違い(2)出願校の選び方について書いてきた。本日は出願に必要な書類のうち、TOEFL、GRE、GPAについて中心に書きたいと思う。なお、本記事の諸前提や注意書きについてはここの前置きを読んでほしい。

2. 大学院の選考プロセス


アメリカの大学院入試では、日本のように「試験」はなく、提出する様々な書類が、各大学院の社会学研究科でその年に組織されるAdmission Committee(教員+PhDの院生が入ることもある)によって総合的に判断されて、合否が決まる。面接が行われる場合もあるが、社会学PhDでは行われないことが多いようだ(私が出願した12校ではどこもなかった。有名大だとEmoryやNotre Dameなどで面接があると聞いたことがある。また普通は面接をしない大学でも、個別に面接をするところもあるらしい。もちろん、留学生の場合はSkype面接だろう)。

Posselt(2016)
選考プロセスについて、オンラインでも手に入る情報として大変参考になるのはコーネル大学社会学研究科の選考方法のページ、インディアナ大学のFabio Rogers教授がPhDの選考委員にあたった場合に何を重視するかを書いたこのページ、どこかの社会学PhD課程の入試委員会のメンバーだった院生が匿名で選考プロセスを暴露したこのスレッドである。より総合的な視点が欲しい方のためには、様々な分野のPhD課程のAdmission Committeeの選考過程の場に出席してエスノグラフィー調査を行ったまじめな教育社会学の研究書(Posselt 2016)がハーバード大学出版より出ている(How to本ではなく、水準のかなり高い学術書である)。この本はアカデミアへのゲートキーピングの過程を明らかにしたものとして大変貴重だと思う。社会学PhD課程を考えている方なら、社会学的視点でアメリカPhDの選考プロセスを考えられる良い本になりそうだ。

社会学PhD課程への出願で主な選考の対象となるのは下記の7~8点の書類であり、これを締め切りまでに準備する必要がある(想像以上に大変である)。実際の出願は、11月ごろから始まり、各大学のHPからアプリケーションページを作成し、個人情報を入力したり、下記書類をアップロードしていく作業となる。留学を補助する名目で出願を代行する業者があるようである。下記の出願書類を出願者自ら作成する場合は倫理的な問題は少ないと思うのだが、かかるコストやその後の大学との交渉のことを考えると、海外大学院出願に業者を使うのはお勧めしない。私は使っていないし、周りの経済学PhDや政治学PhDの出願者でもこのような業者を使っている人を聞いたことがない。使うとしたら英語論文校正サービスくらいだろうか。

(1)TOEFL ibt Score
(2)GRE General Test Score
(3)GPA(成績証明書)
(4)Curriculum Vitae (CV/履歴書)
(5)Statement of Purpose(SoP/志望動機書)
(6)Letter of Reference(LoR/推薦状)3通以上
(7)Writing Sample(論文)1本
[(8)Personal History Statement (パーソナルヒストリー)→14校中、3校のみで求められた]

このうち、(1)は留学生向け。(2)から(8)は全員必要である。先のコーネルのページやPhD院生の暴露サイトにも書かれているが、選考プロセスは二段階になっていると考えられ、第一段階は主にGREやGPA(+TOEFL)などの客観的指標を使った足切りでショートリスト(Short list)がつくられ、第二段階で選考委員がSoP、LoR、WSをじっくり読んで合格者を決定する。本日はショートリストに載るまでに重要な客観的指標について書きたい。次回の投稿でSoP等についても書く予定だ。

3. 出願に必要な書類-Part1-


(1)TOEFL ibtのスコア


参考(私の提出スコア):TOEFL ibt 114/120点(Reading:Listening:Speaking:Writing=30:30:26:28)

アメリカの大学で学位をとっていない場合は英語力を証明するためにTOEFLを提出する必要がある。イギリス、カナダ、シンガポール等の英語圏大学出身でもTOEFLを求められる場合があるようなので、個別大学の要件を確認した方がいい。IELTSは認めている大学と認めていない大学に分かれるが、認めていないところが多い。

何点必要か?出願に必要な最低スコアは各大学院によって違ったり、各大学院の各研究科によるが、TOEFL ibtで90-110点以上に設定しているところが多い。また特定技能のサブスコアで個別に要件を課しているところが多く、特にスピーキングで26/30以上を要求してくるところが多くあった(特に州立大学)。私は総合スコアはクリアしていているにもかかわらず、スピーキング26/30に到達するために2016年に3回TOEFLを受けるはめになった。日本語を母語とするTOEFL受験者のスピーキングスコアは低い傾向にあるようで、要注意だ(ざっとデータをみたかんじだと、他の言語を母語とする受験者ではスピーキング平均>他技能平均が多いのに対し、日本では他技能平均>スピーキング平均と逆だ)。

各大学院の求めるスコアをクリアすることはもちろんだが、私としては最低でもTOEFL ibtで100点以上とれる実力がないと出願は相当苦しい戦いになるのではないかと思っている。もちろん、各大学院が定める最低ラインを超えてさえいれば、TOEFL自体が合否に響くことはない(= TOEFLはあくまで出願を可能にするものでありそれ以上の意味はないだろう)が、TOEFL ibtで100点がとれないような英語力では、GREのVerbalが相当低い点数となるであろうし、出願の際の大学とのやりとりや合格後の大学との交渉で苦労することが考えられるからである。ただし、社会学でも研究手法が計量や数理系の場合などでは、90点台でもなんとかなることもあるだろう。実際に経済学ではTOEFL 90点台で上位R1大学に合格し、成功している方の話をたくさん聞く。ただ、社会学は経済学に比べて言語力が重視される傾向にあることは容易に想像される(エスノグラフィーや歴史社会学的アプローチをとる同期と一緒にコースワークを受ける可能性濃厚だ)

最後に。たまに、TOEFLの基準がプログラムの入学難易度を反映しているというような大きな勘違いをしている人がいるが、これは間違いである。強いていうと少しレベルが低めの州立大学社会学大学院の方がTOEFL要件が厳しいことさえある印象だ。このような大学院ではTAと財政サポートが完全に一体化しており、特にTOEFLのスピーキングが重視されているように感じた(26/30というのが多い)。

(2)GREのGeneralのスコア


参考(私の提出スコア):Quantitative+Verbal 326/340点(Q:V=166:160)/ Writing 4.0/6.0点

各大学院の社会学PhDプログラムではほとんどすべての社会学PhD課程がGRE Generalのスコアを要求してくるが、TOEFLと違って、GREに関する最低ラインを設定している大学は少ない。ゆるい基準を示しているところだと、例えばウィスコンシン-マディソン校の社会学PhDの出願要項のページがそれぞれの技能で75パーセンタイル以上(=この換算表だとVerbal157点以上、Quantitative160点以上、Writing4.5点以上。なおパーセンタイルは数ヶ月ごとに変動する)あることがGood(「望ましい」程度の意味?)としている。

多くの大学の公式ホームページでは足切りは否定されているが、QuantitativeとVerbalの合計で300-310点くらいのところでゆるい足切り(300点に達していなければ原則落とすが、推薦状や論文で突出していれば合格させる)が行なわれており、逆に言うとGREは足切り以外の目的のためには積極的には用いられてないのではないかと私は推測している。つまり、GREのVerbalとQuantitativeが両方とも140点だったりしたら合格確率はかなり低いであろうが、かといって両方とも170点(満点)でも落ちる人は落ちるということだ。実際にとても高い点数でダメだった人を数人知っている。

私は運良くGREが初回受験でまあまあ良い点数がとれてしまったので他の人に比べると苦労していない。一応、二回目も受けて、二回目はVerbalとWritingは上がったのだが、Quantitativeが下がってしまい、Quantitative重視で初回のものを提出した。GREについてのより詳しい記事は去年ここに書いたので関心のある方はみてほしい。正直なところ、日本での受験教育を経験した方ならQuantititativeで160点台を出すことは難しくないと思う(中学生レベルの数学が中心である)。Verbalは人によるが、頑張って150点台に到達しておいた方が良い気はする。Writingはどの程度みられているかについては最後まで謎だった。

(3)GPA(成績証明書)


参考(私が提出したもの):
学部GPA:3.73/4.00(Major GPA:3.93/4.00)
大学院(修士)GPA: 4.00/4.00

GPAはアメリカの大学の出身の場合は、その大学の評価とともに大きな意味を持つだろうが、日本の大学出身の場合には、特に大きな意味をもたないかもしれない。なぜならアメリカの大学の先生には日本のそれぞれの大学のレベルがわからないので、日本のA大学とアメリカのX大学のGPAを比べようがないからだ。ただ、もちろん、良いことに越したことはなく、悪すぎると印象は良いであろう。この資料をみる限りだと、合格者の平均GPAは低くても3.7以上のところが多く、時折最低ラインを設定しているところもある。

GPA情報を記入するのは出願のウェブサイト上である。東大では厳密にはGPAは導入されていない(少なくとも2015卒&2017修了の私に対しては適応されない)。そういう場合には、優=4、良=3、可=2など大学の指示にあわせて計算するか、何も計算しないで空白にしておくかのどちらかにしておくのが良いだろう(注1)。実際にアメリカ国外の大学出身で計算方法がわからない場合には空白のままにしておくように指示されることもある。どちらにしろ成績表は提出するので、もし必要であれば、大学側は独自に計算すると思う。

以上、ショートリストに人を残す際に使われるであろう客観的スコア(TOEFL、GRE、GPA)について書いた。このような客観的スコアは高い方が良いが、高くても受かることは保証しない。また低過ぎる場合、合格は遠のくと思っておいた方が良いだろうが、諦めない方がよい。低すぎる場合、志望理由書(SoP)で低スコアのExcuseを書くことや、推薦状(LoR)を書いてくれる先生に頭を下げて、特定のスコアが低いことのExcuseと、それをカバーする力があることを書いてもらうなどの方法を検討してもよいだろう。

注1・・・難しいのは優上の扱いなどである。私の場合、学部4年の時に優上が導入されたので、そもそも上限が授業をとった年度によって違った。

2017年7月12日水曜日

社会学PhD出願の記録(2)-出願校の数と選定基準-


1. 前置き


前回の記事はアメリカにおけるPhD課程とMA課程の違いが日本とは大きく異なり、研究者を目指す場合、基本的にはPhD課程を選んだ方が良い(合格が難しい場合にPhD課程へのステップとしてMA課程を経由した方が良い)ことを書いた。本日は出願校の選び方について自分の経験を書きたいと思う。なお、私の留学に関する記述の諸注意や前提(アメリカへ社会学のPhD留学を目指している人のためのもので他の分野に当てはまるかはわからない)に関しては前回の記事を参照してほしい。

2. 何校に出願するか?


アメリカPhD出願が日本と大きく違うと思うのは、出身大学(BA課程)とは違う大学のPhD課程に進学することが推奨されること、ほとんどの人が6-10程度の大学院に出願することだと思う。私もまだ現地にいる身ではないので実情はよくわからないのだが、出身大学が推奨されない理由は、色々な組織(大学)を経験していた方が良いことや、教員と学生の馴れ合いのような関係を防ぐ目的もあるのだろうと思っている。複数出願することは、PhDの倍率に関係しているように思う。日本では大抵の場合、出身大学と同じ大学院に出願し、倍率も高くて3-4倍程度で、複数の大学院を受験するということはそれほど想定されていない。一方、アメリカの上位R1大学の社会学PhDの場合、倍率は10-20倍で、よく落ちる。私の場合、アメリカの12校とイギリスとカナダ1校ずつに出願して、全額給費生としての最終合格をもらえたのはアメリカ2校とイギリス1校だけだった(ただの自分の実力不足かもしれないが)アドバイスをくださった方々や、合格校を訪問した際に出会った他の合格者の話を聞いているかんじでは、アメリカ国内からの出願者で6-8校程度、留学生で8-10校程度が平均的な出願校数な気がしている(留学生の方が様々な理由から明らかに不利であるから留学生が出願校数を多くするのは合理的である)。中国トップ大学の友人経由の情報だと20校出願するようなケースも珍しくないようであるが、出願にかかるコストを考えると多くても15校が限度な気はする。ちなみに有名なフルブライト奨学金に受かっていた場合、最低5校以上の大学院に出願することがルール上求められる。アメリカPhD出願においては落ちることが前提とされていることの裏返しだろう。出願時点で社会学の有名国際ジャーナルに第一著者で掲載した論文があるような超優秀な方なら別だが、1校や2校に絞るということは現実的な観点からあまりお勧めできない。

複数の大学院へ出願した方が良いもう一つの大きな理由として、合格後に実際に訪問して条件を比較・交渉しつつ進学先を選定できる利点があげられる。アメリカの大学院は合格させた大学院生にはなんとか来てもらおうと努力する。合格した場合、指導教員候補の先生から自分が提出したアプリケーション書類がいかに素晴らしかったかをメールやスカイプで褒められ(もちろんお世辞であろう)、Recruitment weekと呼ばれる日に大学への直接の訪問を要請される。もちろん、航空券代の一部(大学によるが400-500ドル程度まで)やホテル代(全額)も負担してもらえる。実際に大学を訪問してみて、先生や院生と話をし、街の感覚を掴んで、比較をしながら進学先を選ぶのが良いと思う。また、A大学院とB大学院で生活費の条件が異なり、Bの方が良い場合、Aに対して、Bと近い条件にするように交渉できる場合もあるようである(合格すると他にどこに受かったのか、どういうオファーをもらっているのかを聞かれ、向こうはより良い条件を出そうとしてくる。これをどこまで聞いていいのかに関しては正直私もまだわからないが、私はTA/RA負担を3年から1年にまでに軽減してもらえたので、契約期間の5年のうち4年間はTA/RA義務なしで生活費を受給できることになる)。

3. 何を基準に出願校を絞るか?


アメリカでは社会学の博士号を授与する大学はたくさんある。日本では無名だが、アメリカでは有名な大学院もあるだろう。何を基準に10校程度に絞ればいいのだろうか?私が出願校選定の際に重視したのは以下の5つである。

(1)US News World Reportの社会学Rankingで上位30位に入っているか?


US News & World Reportが4年おきに出している全米社会学大学院ランキングが社会学プログラムのランキングとして広く参照されており、大学院側も出願者もこのランキングを大変気にしているようである。このランキングは全米の社会学研究科の研究科長の主観的評価(1-5の5件法)の平均に基づくもののようであるが、多くの大学院出願者の出願校・進学先決定に強い影響力を持っているらしい(このランキングの学部版なども凄まじい影響力を持っているようであり、各大学はランキング向上にかなり力を入れているようである)。日本でよく取り上げられるTimes(英)やQS(英)の世界ランキングはあまり認知されていないようだった。

私がこれまでに先生・先輩・友人から聞いてきたことや、調べる中で得た情報だと、US News & World Reportのランキングがより上位の大学院のPhDを持っていた方が有利であることは確かなようだった。社会学ではないが、全米の政治学研究科に関するRobert Opriskoの研究よると、US News & World Reportの政治学大学院ランキングの上位4校が全米の終身教授職の20%程度、上位11校が50%程度の終身教授職を輩出しているとのことであった。

もちろん、年毎の変動もあり、分野ごと(社会階層論、人口学、歴史社会学、ジェンダー etc.)に大学の強みは違うので、ランキングの細かい違いを気にすることは馬鹿馬鹿しいが、このランキングは一定程度参考になることは確かだろう。私は色々考えた結果、US News & World Reportのランキングの上位30校に絞って出願校を検討することにした。

(2)入学するPhD課程の大学院生全員に5年間の継続した学費全額免除と生活費を約束しているか?


アメリカの私立大学大学院だと学費が年間500万円程度で、それに生活費、各種保険も合わせると一年で800-1000万円程度必要となる。5年間だと4000-5000万円必要という計算だ(州立でも留学生の場合学費は300万円程度する)。いくらなんでも5000万円を親にお願いすることも、誰かにかりることも不可能である。よって、この(2)の要件は必須であった。

幸いなことに、US News & World Reportのランキングの上位30校の多くがこの基準を満たしているのでほとんどの場合問題なかった。ただし、時々、州立大学で、サポート対象を"All admitted students"とは言わないで、"Almost all admitted students"というような表現をしている大学院や、出願できる英語要件と入学後大学からサポートされるための英語要件を分けているところなどがあった(TAの関係で)。いくら合格してもお金が5年間約束されないと進学できないので、できる限り全入学生に対して学費・生活費・保険の全額給費(返還不要)が確約されているところのみに出願するようにした。

(3)専門としたいテーマと研究手法(移民研究と計量分析)に強いか?


博士課程に行くのならこれは当たり前で言うまでもないかもしれない。いくらランキングが高い社会学大学院に入っても、自分の専門分野を研究できないと意味がない。私の場合、国際移住の社会学(sociology of migration)に強い関心があるので、移民研究(Migration studies)に強く、なおかつ計量分析(Quantitative Methods)のトレーニングがしっかりしているところを選ぶことにした。

(4)指導教員にしても良いと思える先生がいるか?何人いるか?


基本的には自分が指導教員にしたい先生がいるところから選ぶのが重要なことは間違いない。私の場合、留学したいと思ったのも、アメリカの大学の特定大学の特定研究者の論文や本を読んでいたからだったし、そういう志望動機の方がほとんどだと思う。ただ、アメリカでの社会学PhDに出願する際の心得として、自分が指導教員にしたい一人の教員ではなく、プログラム全体の強みと自分のやりたいこととのマッチングを考えるようにすすめられることが多かった。これは前項で述べたように、特定の教員目的で出願しても落ちることがあるかもしれないことや、アメリカの大学の社会学プログラムが標準的で体系的なトレーニングを重視すること、先生が退職や異動する可能性があることがあるだろう(これとは逆に、イギリスの博士課程は個人指導が主体で、プログラムベースではなく、教員ベースで選ぶべきらしいことを言われた。なので要注意である!)。

私の場合、教員の専門分野や論文を読んで、必ず最低3人は指導教員になってもらっても良い教員がいるところを受けるようにした。この(4)のプロセスは(3)と一緒に進めるべきだろう。なお、アメリカの社会学PhDへの出願にあたっては教員への事前の連絡は不要なことが多いし、私も事前に先生を知っていた場合を除いて行わなかった(UNCのような一部の大学プログラムを除く。またイギリスや大陸欧州では必要らしいので要注意!!)。

(5)出願大学院がある場所に5年間住む自分を想像できるか?


合格プログラムへの訪問で他の合格者や現地の学生と話していると、気候や、恋人が住んでいる街からの近さなど、日本ではあまり大学院選びに用いられないような指標を大切にしている人が目立った。アメリカの大学は極端な田舎にある場合がある。5年もいるので、田舎が苦手な場合や逆に大都会が苦手な場合はいくら大学院が良くてもよくよく考えた方がいいであろう。私は都会っ子なので、田舎での生活に耐えられないだろうと判断し、大都市や大都市近郊の大学を優先した。結局、かなり小さい街の大学に進学することになって、この点、少々不安である。

4. 実際にどこに出願したか?


下図が出願校とその結果である。出願時の志望順位は明確にあったわけではなく、以下のような緩い順序で、詳しくは受かってから考えようと思っていた(とらぬ狸の皮算用をしたくなかった)。ただ、一応、UCバークレーが長らく第一志望として想定されており、それに標準はあわせていた(落ちてしまったが)。

出願校と出願結果(合格は全て全額給付奨学金付)

出願結果詳細については別の機会に詳しく書くが、やはりなかなか厳しいものがある。引っかかって本当にラッキーだった。ワシントン大学とブラウン大学とオックスフォード大学に合格し、最後は後者二つで悩むことになった。オックスフォード大学はアメリカが全部ダメだった場合に備えて当初から修士課程(MPhil)で出願したことや、グローバルマーケットではアメリカの博士号の方が評価されるという話を聞いていたので、本来は迷わずブラウン大学のPhD課程を選ぶところなのだが、社会学者の間で有名なオックスフォード大学のナフィールドカレッジから授業料、寮費、生活費付きで合格を貰え、そのまま博士課程への進学も条件付きで可能というようなことだったため、締め切りギリギリまで悩み抜くこととなった。合格してから入学先を選ぶまでに何が起こるかについてはまた別の機会に記録しておきたいと思う。



2017年7月10日月曜日

社会学PhD出願の記録(1)-米国におけるPhD課程とMA課程の違い-


1. 前置き


アメリカのPhD課程への出願についてまだ記憶に残っているうちに情報を書き残していきたいと思う。というのも、自分が出願するにあたり一番困ったことは情報の少なさであったからだ。日本から社会学でPhD留学している先輩はあまりおらず、留学が主流になってきている経済学や政治学専攻の友人や北京大学等の中国のトップ大学からPhDに進学した中国人の友人の情報に頼るしかなかった。やはり同じ境遇の人や出願に関してインフォーマルな情報(大学公式ホームページには載っていない出願に関する情報)が入手できるサイトが欲しかった。

出願についてはできるだけ個別の質問等にも答えたいと思うので、私の連絡先とプロフィールについては経歴ページをご覧いただきたい。なお、以下は基本的に2017年のアメリカの社会学(Sociology)の大学院についての記述である。イギリス、カナダや大陸欧州への出願は少し事情が異なってくる。さらにいうと、理系の専攻は全然違うだろうし、同じ社会科学系でも経済学も違うと思う。ただ、日本と違って、アメリカでは社会学と政治学が比較的近い関係にあり、政治学で大学院に出願されたい方には少しは参考になるかもしれない。記述には正確であることを心がけているが、私の思い込みや不勉強による間違いがあるかもしれない。しっかりと自分でも事実関係を確認してほしい。


2. アメリカの大学院の課程の違いについて-PhD課程とMA課程のどちらに出すか?-


色々と細かいことについて書く前に、誤解の多いアメリカにおけるPhD課程とMA課程の違いについて説明しておきたい。どちらに出すか? 結論からいうと、大学での研究者を目指す場合、可能ならばPhD課程の方が良い私もPhD中心に出願し、MAはPhDに落ちた場合の滑り止めにしたアメリカのPhDにはBA(学士号)さえあれば出願できるので、これはこのブログを読んでいる読者が学部生でも修士課程の院生でも博士課程の院生でも同じである。

アメリカの大学院の修士課程(MA課程)と博士課程(PhD課程)の関係は、日本におけるそれと少し異なっている。日本では2年間の修士課程の後に3年間(というのは建前で実際は5-8年かかる)の博士課程が存在するが、アメリカの社会学大学院は博士課程は博士課程として5年あり、修士課程は修士課程で独立している(と考えるとわかりやすい)。


上図:社会学の大学院プログラムの日米の違いのイメージ
そもそもアメリカの上位R1大学(注1)の社会学専攻の大学院の多くは5年一貫制のPhD課程しか置いておらず、学部卒業後(BA取得後)すぐにPhD課程に応募することが可能である(修士号は必要ない!)。PhD課程においては2-3年目に付与される途中経過の学位としての修士号(MA)を取得可能な大学院が多いが、PhD課程はあくまでPhDまでとることが前提なので、MAを取得後に大学院を去ることは想定されていないし、MAを付与しないところもあるようである。つまり、アメリカのPhD課程においてはPhDをとるおまけとしてMAがついてくる場合もある、という程度である。

もちろん、数は少ないが、PhD課程と並立して、またはPhD課程は持たずに、独立したMA課程が存在する大学院もある。例えばコロンビア大学大学院では社会学研究科において、PhD課程からは独立したMA課程が存在する。このようなPhD課程から独立したMA課程はTerminal MAと呼ばれ、PhD課程とは異なって研究者養成を目的とせず、MA取得後は就職する人が多い。研究者を目指すことがはっきりしており、かつ合格することが可能であるならば、学部卒ですぐにPhD課程に出願するのが最善の選択ということになる。

PhD課程とTerminal MA課程の違いは、受給可能な経済的サポートに如実に現れる。アメリカの上位R1大学の大学院のPhD課程は基本的には入学者全員に5年間の経済的なサポートを行う。学費は免除になり、大学のお金で医療保険に加入してもらえ、TA/RAと引き換えに毎月の生活費(給料)が支払われる。よって、PhD課程の間に付与されるMAも経済的サポートを受ける中で取得することとなる。逆にPhD課程からは独立しているMA課程の場合、経済的サポートを得ることができる大学院生はごく一部に限られ、学費も、保険も、生活費も私費で賄わなくてはならない。アメリカの大学院に通うには学費も合わせると年間800-1000万円程度必要なので、この違いは大きい。よく言われることではあるが、アメリカ(+イギリス)の有名大学大学院はPhDからは独立したMA課程をたくさん作って、アジアや中東のお金もちの子弟を受け入れることで、収入源としているようだ。よって、PhD課程に入ることの方が、Terminal MA課程に入ることよりも難しい。トップ20くらいの米国大学院のPhD課程はだいたい競争倍率が8-15倍程度というのが目安だと思う。逆に、Terminal MA課程の場合、入学はしやすいが、経済的サポートを外部財団から受けなければならないので、そこでの競争が激しくなる。

ちなみに、Terminal MA課程で社会学系のMAを取得した後、研究者を目指してPhD課程に入学した場合、コースワークや修論の一部が認められたりして、PhD課程の5年が4年になったり、PhDのうちのMAに相当する部分の負担が軽減されることなどもあるらしい。しかし、PhD課程で再びMAを授与されることの方が多いようである。だから、ネットサーフィンでアメリカの研究者の経歴をみているとよく同じような社会学系の修士号を二つ持っている経歴の人を見かける(シカゴ社会科学MA、UCLA社会学MA/PhDのようなケース)。

では、Terminal MAには意味がないのかというとそうでもない。アメリカの上位R1大学のPhD取得が目標の場合、米国の有名大学の学位(+有名な先生の良い推薦状)がなくては合格することが困難である一方、有名大学のTerminal MA課程への入学のハードルは低い。資金面が解決すれば、有名大学の独立したMA課程に進学し、そこからアメリカのPhD課程に出願する方が合格する確率は高まるだろう。よって、Terminal MAをPhD合格のためのステップとして利用することはできる。実際に私が合格をもらって訪問したアメリカのPhD課程で出会った合格者の方々も、学部がハーバードやコーネルなどの有名大学出身者は学士(BA)だけで入学しているが、そこまで有名ではない州立大学出身者や外国大学の出身者の場合は、シカゴ大学やニューヨーク大学等の社会科学系のTerminal MA課程を経て、PhD課程への合格を果たしたという人が多かった。

ちなみに、私は学部卒業前にPhD課程を受験しようと思ったが、複数の教員(皆、海外PhD出身)に「原理的には学部卒でPhDにいけるが、アジアの大学からの学生は修士を取っていないと厳しい」と言われて断念し、日本の修士課程に進学した経緯がある。今から考えると、日本の修士課程ではなくて、資金を工面してアメリカの有名大学院のTerminal MA課程に出願してみても良かったのかもしれない。読者の方が学部生の場合、PhD課程とTerminal MA課程両方へ出願し、PhD課程が不合格ならTerminal MAへ進学し、そこからPhD課程へ目指すということも考えてみてほしい。また、日本のように修士(1-2年)と博士(3年)が分かれているイギリスやカナダの有名大学大学院の修士号をアメリカのTerminal MAのような形で利用し、アメリカのPhD課程への応募の際に有利となるように使うことはできると思う。東大でさえアメリカではそんなに知られていない。学部から直接のアメリカPhD課程合格が難しい場合、日本で修士をやるよりも、資金面がなんとかなれば、その時間をOxfordやLSEやTorontoの修士号取得に当てる方が、アメリカPhD課程への合格には有利になると思う。

注1・・・R1大学とはカーネギー財団による4000程度あるアメリカの大学の分類で、博士号を授与する300程度の大学のうち、特に研究の優れた大学100校程度のことを指している。ここでは、この中でも上位30校程度のことをトップR1大学と呼んでいる。私にアドバイスをくださった方々の話を総合して聞いてみると、上位30圏外の大学院博士課程で学位をとってもアメリカの研究大学での仕事を見つけることは難しいようである(上位10以外は進学しない方が良いと考える人さえいた)。カーネギー財団分類についてはアキ・ロバーツと竹内洋の共著で今年1月発売された『アメリカの大学の裏側』(朝日新書)に詳しい。


2017年7月9日日曜日

多磨霊園訪問(内村鑑三、矢内原忠雄 etc.)の感想

昨日、多磨霊園に行ってきた。多磨霊園は府中市にある霊園(一部敷地が小金井市にも広がっている模様)で、大正-昭和初期にかけて活躍した有名人の墓が多くあることで知られている。主目的は長期渡米してしまう前に内村鑑三の墓をみること。無教会主義の考え方に高校から学部2年生頃まで強い影響を受けていた。もちろん、今でも影響を受けていると言えるし、内村のことは尊敬しているが、昔と比べると自分のキリスト教理解がより教会制度を重視する方向性に変化した気がしている。

上図:管理事務所で配布されている地図(地図右下が正門)
多磨霊園へは入口がいくつもある。今回は多磨駅から徒歩で5分程度のところにある正門(表門)から入場した(霊園の南東)。正門から入って右手に管理事務所があり、そこで多磨霊園の地図と有名人の墓の場所リストを入手することが可能となっている。霊園は128ヘクタールと広大なので、むやみに歩き廻ってもお目当ての墓にたどり着くことは困難である(なお、裏門へは武蔵境駅が最寄りのようであるが、正門と同じように裏門に地図が入手できる事務所があるかについては不明。内村鑑三の墓を訪問したい場合、墓への近さ的にも正門を経由することを強くおすすめする)。

多磨霊園は26の区画に分かれており、内村鑑三の墓は正門から歩いて2分ほどの8区の1種16側28番にある。番号付けがシステマティックでわかりやすく、墓を見つけるのはそんなに大変ではなかった。左の写真は有名な"I for Japan, Japan for the World, The World for Christ, And All for God."と刻まれている内村の墓碑。この墓碑に向かって右隣には内村の息子で日本プロ野球コミッショナー(若い頃は東京帝国大学野球部エース)や東大医学部教授を歴任した内村祐之の墓、左隣にはその他の内村家の方々の墓碑と19歳にして亡くなった内村の愛娘ルツ子を記念する墓碑もたっていた。かなり特殊な趣味のように思われるかもしれないが、一度は来てみたいと思っていたので感動した。

その他の有名人の墓もたくさんあるので時間の許す限り見たかったが、日も暮れかかっており、蚊の攻撃にもさらされていたので新渡戸稲造、矢内原忠雄、吉野作造の墓だけを回った。このブログに検索でたどり着いた方ならご存知であろうが、新戸部稲造は内村の札幌農学校時代からの親友で、一高校長、東京帝国大学教授、国際連盟事務次長を歴任し、旧5千円札にもなった人物、矢内原忠雄は内村鑑三の弟子で戦後に東大総長をつとめた経済学者、吉野作造は東京帝国大学教授をつとめた大正デモクラシーを代表する政治学者である(吉野の内村との関係がどのようなものだったは知らないが、同じ時代を生きた日本人キリスト者ではあるものの、二人の関係について一切聞いたことがないので、そんなに仲良くなかったか、接点があまりなかったのかもしれない。誰か知っていたら教えてください)。

矢内原家の墓(よく見ると「清き岸べに」と書いてある)
三人とも墓碑は簡素なもので印象に残るものではなかったが、矢内原の墓碑に「清き岸べに」という文言があったのだけは印象的だった。聖書では「清い」も「岸辺」もよく使われる表現で、「岸べ」が象徴的な意味をもつことはあるが、「清い岸辺」という表現は私の記憶の限り聖書中にはなく、新規かつ少々仏教的に感じられ、矢内原がつけた言葉としては違和感をもったためである。調べたところ矢内原の追悼のために発行された冊子が「清き岸辺に」というタイトルのようで、讃美歌489番にも葬儀讃美歌として「清き岸辺に」が存在したため、キリスト教会でもしばしば用いられる表現だということがわかった(私は知らなかった)。なお、この件についてオンラインで調べている中で中道基夫さんが2005年に『神学研究』上に発表した「日本における葬儀讃美歌のインカルチュレーション」という論文を発見し、そこでは英語原題で"We shall reach the summer land"という表現だった葬儀讃美歌が、日本語へ訳される過程で日本文化(仏教)の影響を受け「清き岸辺に」となった、と考察されていて興味深かった。と、同時に、こうした些細な「インカルチュレーション」の表現にもすぐに違和感を感じた自分が小さいころから受けてきた聖書教育もなかなか厳しいものだった気がした(その教育の善し悪しはここでは論じない)。

以上、キリスト教徒の墓ばかり取り上げたが、もちろん多磨霊園の大多数は仏教の墓であり(+天理教などもあった)、20世紀前半に日本で活躍した政治家・文化人(東郷平八郎、高橋是清、堀辰雄)がたくさん眠っている。故人が眠るそれぞれのお墓には個性があり、全く知らない人のお墓を眺めながら歩いているだけでも大変面白く飽きなかった(とても変わったお墓もたくさんあって面白かったのだが、私人の墓の写真を撮るのは憚られたので写真はとらなかった。管理事務所によると内村や矢内原等の著名人は遺族が場所等の公表を許可しているとのことであったので写真も撮影した)。少しマニアックな観光場所かもしれないが、是非一度は訪問して散歩されることをおすすめしたい。

2017年7月7日金曜日

吉野源三郎『君たちはどう生きるか』

薦められて読んだ岩波文庫の一冊。心に残る一冊となった。中学校(旧制)に上がったコペル君を主人公にした物語で、コペル君のおじさん(コペル君のお父さんは病没)がコペル君を手紙で諭して人生について教えていく形式となっている。コペル君の本名は本田潤一だが、おじさんが「コペル君」と名付けた。コペルニクス由来で、詳しい経緯は最初の章で説明されている。

コペル君が日常生活や学校の友人との関係で経験したことに対して、できるだけ子どもの言葉を使って社会学的・経済学的なものの見方を提示しつつ、「どう生きれば良いか」という指針を示すという構成となっている。著者の上手い点は、難しい社会学や経済学の言葉はほとんど出さないで、平易な言葉で説明し、それを子供に読み聞かせできそうな物語に仕立てている点だろう。巻末には丸山真男の吉野源三郎への追悼文兼解説が載っていて、同様の趣旨のことが述べてあった。

少し残念、かつ興味深い点は、この年代(旧制中学1年の設定なので12-13歳だろう)から直面するであろう性的なことがらに関する言及がほとんどない点である。当時中学校は男子校であることや、下記に示す当時の政治的状況が性的な話題の欠如に影響しているのかもしれないし、著者自身が関心がなかったのかもしれない。

現代の私たちには「どう生きるか」というタイトルがついた本はとても胡散臭いものに思えるかもしれないが、この本は日本で軍国主義的な風潮が強まる1937年に左派系の知識人吉野源三郎により出版されているという歴史的文脈を踏まえる必要がある。吉野は治安維持法で逮捕されたことなどもあり、戦後はリベラル系雑誌『世界』の初代編集長も務めた人物である。ところどころに当時の風潮への批判だと思われる箇所もある。戦前のリベラルな教養主義者たちが目指した人格主義教育の流れの中に位置付けられる本であろう。

私個人の感覚としては、とても大切なことを教えてくれる本であると感じたし、偉そうなタイトルではあるが内容にネガティブな印象は受けなかった。小学校高学年以上から大人まで全てにおすすめできる本だと思う。


留学先確定(ブラウン大学への進学)

9月からの進路が確定したのでブログでも報告しておきます。いろいろと悩んだ結果、9月からはアメリカの博士課程(Ph.D.)に進学することになりました。進学先は東海岸のブラウン大学の社会学研究科で、社会学(Sociology)のPh.D.の取得を目指します。アメリカのPh.D.課程は5年間なので、最低5年間はアメリカでの生活となります。学費、生活費、医療・歯科保険等は最低6年の間、大学と日本の財団から奨学金として給付(返還不要)される予定です。6年目というのはほとんどの人が5年では博士課程が終わらないからで、6年目に延びた場合でも大学から生活が保証されるという意味です。6年間のうち4年間はTA/RA免除で、2年間はTA/RAとして働く義務があります。ただ、実際には3年目くらいからは教歴をつけるためにもTA/RAをやろうと思っています。

学費が年間5万ドル、生活費が3万、保険が3千ドル程度なので、6年間で合計5万ドル程度(5千万円以上)の資金援助を受けることになります。それに見合うように勉強したいと思います。

留学の手続きやブラウンとの細かい条件の交渉(アメリカの博士課程は給与が出るので、自分に有利な条件となるように大学側との条件の交渉等を細かくします)、それと日本の博士課程での研究(現在D1夏です)で精神的余裕を失くしてしまって、ずっとブログが滞っていましたが、ぼちぼち再開します(数ヶ月前にもそんなこと書きましたが、今回は本当に再開します)。周りから期待をされたり、羨ましがられたりしますが、内心は不安90パーセント、期待10パーセントというかんじです。今後は、社会学Ph.D.留学の経緯や情報なども書いていきたいと思うのでよろしくお願いします。