2016年6月27日月曜日

W.BrueggemannのPraying the Psalms(2007)の感想

Brueggemann, W. (2007). Praying the Psalms: Engaging Scripture and the Life of the Spirit. Wipf and Stock Publishers.

米国の旧約聖書学者W.BrueggemannのPraying the Psalmsを読んだ。私が読んだのは英語版の第二版だが、最近『詩篇を祈る』というタイトルで日本キリスト教団出版局より邦訳も出たらしい。

学術書ではなく、一般信徒のために書かれている。一応、前書きでHermann Gunkel、Sigmund Mowinckelのような聖書学者の業績にも言及はされているが、それらはあくまで「前提」であり、考察の対象ではない。本書はより深い知識と情熱をもって一般の読者が詩篇にのぞむことを補助するためのみに執筆されている(pp.ix-x)。

冒頭で、詩篇とは神が私たちに呼びかける声というよりは、歴史的に蓄積し、現代にも権威をもつ「我々共通の人間性」(our own common humanity)の声であることが宣言される。

The Psalms, with a few exceptions, are not the voice of God addressing us. They are rather the voice of our own humanity–gathered over a long period of time, but a voice that continues to have amazing authenticity and contemporaneity. It speaks about life the way it really is, for in those deeply human dimensions the same issues and possibilities persist. (pp.1-2)

ブルッゲマンは詩篇の理解を深めるために人間の信仰生活の状況を以下の三つに分類する(p.2)。

(a)安定的に方向づけられている状態(being securely oriented)
(b)不安的で混乱している状態(being insecurely disoriented)
(c)驚いたことに再び方向づけられている状態(being surprisingly reoriented)

訳が下手で申し訳ないが、ブルッゲマンは(a)のような状態の時には偉大な祈りや賛美は生まれないと述べる。そして、詩篇のほとんどの箇所に(a)は登場しないとも述べている。詩篇と関連するのは(b)と(c)の状態である。(ちなみに、ブルッゲマンは(a)の代表例として箴言をあげている。)

本書では上記を前提に、詩篇の「言葉」の特殊性と「ユダヤ教」との関係から議論が進められていく。印象に残った点を3点記載しておく。

(1)詩篇の「言語」

ブルッゲマンにとって現代世界で用いられている言語には二つの種類がある。最初にあげられるのは「実証主義的な言語」(positivistic language)で、典型的には自然科学や社会科学で用いられる。実証主義的な言語は、現実を記述し、管理をすることができる言語である。もう一方の言語は「大胆で、象徴的な言語」(bold, symblic use of language)であり、典型的には創世記の神の天地創造の言葉として用いられている。この種の言語は、現状にはないものを創りだし、そのことによって希望を産む。詩篇に使われているのは後者の「大胆で、象徴的な言語」である。その上で、ブルッゲマンは詩篇を「実証主義的な言語」として捉える方向性に警鐘を鳴らしている。

私は「詩篇」を実証主義的に読むことを主張する方とは出会ったことはないのでブルッゲマンの強い危惧は共有できないが、広い意味での実証主義的な読み方は教会や個々人の生活に浸透しているのではないかもしれない、と思った。

(2)詩篇と「ユダヤ教」

ブルッゲマンは詩篇をユダヤ教やユダヤ教徒と強く関連づける祈り方をすすめている。ブルッゲマンが批判しているのは詩篇にある「呪い」や「復讐」のような一見「キリスト教」的ではないと思われる部分を軽視するような聖書の読み方である。

上記と関連して、ブルッゲマンは「詩篇」を「イエス・キリスト」を証する書とする読み方の行き過ぎにも警鐘をならす(ただし、完全に否定しているわけではない)。

Again, a long-standing practice (going back to very early Christian interpretation) is to treat the Psalms as claims about Jesus Christ... It is not easy to know how to assess such a practice... I suggest such “ spiritualizing” tends to tone the Psalms down and avoid the abrasive and offensive elements. On balance, I believe it more helpful to avoid such practice.We will be helped to a more genuine piety and an authentic faith if we engage the Psalms as poetry about our common, particular, humanness.(p.45)

このような主張は少し意外だった。ブルッゲマンにとっては詩篇はあくまで人間の、ありのままの姿での神への叫びであり、何らかの理論的なフレームワーク(例えば「キリスト論」)に当てはめようとすることで、詩篇の祈りのリアリティが失われてしまうということなのであろう。

(3)詩篇と「復讐」(Vengeance)

詩篇に登場する敵への復讐を切望する箇所をどう理解するかに関してブルッゲマンは一章を割いている。すでに述べてきたようにブルッゲマンにとって、復讐を切望するような詩篇の箇所は軽視・無視してよいものではなく、詩篇の一部として詩篇の他の箇所と同じような重要性をもっている。

ブルッゲマンによると、復讐は「我々共通の人間性」の一部であり、詩篇に入っていて当然のものである。ただ、ブルッゲマンが強調するのは詩篇(やその他の聖書)では復讐は神がなすことであることが明示されていること、復讐は神のあわれみ(Compassion)と同時に理解されねばならないこと、復讐とあわれみは神の正義の問題と関わること、復讐をめぐる問題はイエス・キリストを通して十字架上で解決されたこと、であった。

詩篇の「復讐」の箇所をめぐっては私もいろいろと考えたことがあるが、ブルッゲマンのように詩篇を徹底的に「我々共通の人間性」の叫びと考えるとわかりやすく受け入れられるように思われた。

本書で少し残念だったのはタイトルがPraying the Psalmsであるにもかかわらず、ブルッゲマンのPsalmについての本書での解説がいかにPrayingにつながるかがあまり議論されていなかったことだ。もちろん、Psalmのテクスト自体が「祈り」であるということなのであろうが、もう少しPrayingの意味を深めてくれたら親切であった気がした。

2016年6月23日木曜日

シティズンシップの変容:地位、権利、アイデンティティ(Joppke 2007)

Joppke, C. (2007). Transformation of citizenship: status, rights, identity. Citizenship studies, 11(1), 37-48.

Christian Joppke
(客員教授を勤めるCentral European UniversityのHPより)
政治社会学者クリスチャン・ヨプケのシティズンシップの変容に関するCitizenship studies上の論文。日本ではあまり知られていない人物であるが、移民とシティズンシップの関係の研究をする際にヨプケは欠かせない人物。学部はドイツのベルリン自由大学で、その後、フランクフルト大学でDiplom(修士号に類似?)を取得、博士からアメリカのUCバークレーに移っている。アメリカの南カリフォルニア大や、カナダのブリティシュ・コロンビア大で教鞭をとった後、現在スイスのベルン大学社会学部長。ヨプケのCitizenship and Immigration(2010)を邦訳した遠藤乾先生の記述によれば、フランクフルト大学ではあのユルゲン・ハーバーマスに師事していたらしい。UCバークレーのHPによると、1985年に提出された博論は原発反対運動の米独比較のよう。今では移民研究をしている。

以下、要約とコメント。なお、一部にかなり独自の解釈が含まれるため、気になる方は原文を参照されたし。

シティズンシップは大変混乱を呼ぶ概念であり、様々な意味で用いられている。(例えば日本語でもシティズンシップの訳語に「国籍」が当てられたり、「市民権」が当てられたり、「市民性」が当てられたり文脈によって定まっていない。)ヨプケにとって、有名なロジャース・ブルーベイカー(Rogers Brubaker)のシティズンシップ論やヤスミン・ソイサル(Yasemin Soysal)のシティズンシップ論が噛み合わないのは彼らがシティズンシツプの異なった側面を扱っている(ブルーベイカーは「国籍」、ソイサルは「権利」)ことに自覚的ではないからである。また女性のシティズンシップやゲイのシティズンシップなど、シティズンシップは様々な集団の権利主張に用いられる。こうした考え方は概念に関する混乱を大きなものにしている、とヨプケは考えている。

こうした概念の混乱の中で、ヨプケはシティズンシップをハイフン付きの状態(hyphenated citizenship)から、第一に国(state)と結びつられた「地位」(国籍)と解した上で、その「地位」に付随する「権利」と「アイデンティティ」を第二、第三の意味として追加するように訴える。つまり、ヨプケにとってシティズンシップは「地位」という側面をベースとして、「権利」側面と「アイデンティティ」側面を加えた三側面から定義されうるものなのである。

Against the proliferation of hyphenated citizenships, I suggest to fold citizenship back to what it essentially is: membership in a state, and to throw light from here on the rights and identities connected with it (p.38).

ヨプケによれば、このようなシティズンシップの捉え方は歴史上常に成り立ったというわけではない。例えば有名なシティズンシップの発展論を唱えたT.H.マーシャルの福祉国家黄金時代にはシティズンシップは「階級」との関連で捉えられる「機能的」なものであり、シティズンシップに領域的な限界があるということは意識されていなかった。しかし、現代においてはシティズンシップを「領域的」なものとして捉える方がよりより有効な視点となりうる。

In the golden age of nationally closed welfare states that antedated the contemporary era of globalization, citizenship was not visible as a nationally and territorially bounded construct. Tellingly, there is no reflection on citizenship’s bounded nature in T. H. Marshall’s (1992) universalistic story of evolving citizenship rights...This reveals that the central line of conflict in the golden age was functional, not territorial: how can workers be citizens? Today, in the era of globalization and blurring state boundaries, conflicts surrounding citizenship have taken on a different meaning, closer to the original meaning of citizenship as state membership: how can foreigners be citizens, and who are we, the Danes?(p.38)

その上で、ヨプケはシティズンシップの三則面における変化を追っている。この変化はシティズンシップの「地位」の変化⇨「権利」の変化⇨「アイデンティティ」の変化という順に因果的に描かれている。

地位(国籍):1980年代以降、多くの西洋諸国で国籍へのアクセスが易化した。こうした変化は帰化が国家の「自由裁量」によって「例外的に」付与されるものから、「ルール」に基づいた「手続き」と化したことや、移民2世や3世に対するシティズンシップの付与が出生に基づく権利とみなされるようになったことなどにあらわれている。アクセスの易化は、従来のジェンダーに基づく制限や、民族による制限を取り除き、国籍保有者を多様化させた。

権利:権利としてのシティズンシップは公民的権利(civil rights)、政治的権利(political rights)、社会的権利(social rights)に三分類されることが多い。ヨプケによると、近年は福祉国家の黄金時代を特徴するような社会的権利が後退し、逆に「差別禁止」や「マイノリティの権利」のような一種の公民的権利が伸長している。ヨプケの分析では、こうした変化は国籍へのアクセスの易化による国内の民族多様性の増大が部分的に影響している。

アイデンティティ:アイデンティティには国家によって宣伝されるものと、一般の人々によって実際に保持されているものとの二種類が存在するが、ヨプケは前者を中心に分析を進める。ヨプケによると、地位のリベラル化による民族的多様性の増大と、国内のマイノリティの権利の伸長によって、シティズンシップの「地位」と「アイデンティティ」が「分離」(decouple)した。国家はこのような多元社会を統合するための術を必要としている。

しかし、地位(国籍)へのアクセスが易化し、マイノリティの権利が伸長した現代において国家が特定の(特にナショナルやエスニックな)アイデンティティを強要することは容易ではない。そこで、各国家は社会統合のための「アイデンティティ」として、各国個別の文化をできるだけ排した上でも必要と考えられる「言語」と「普遍的な語彙(universalistic idiom)」(リベラルな民主主義を成り立たせる「自由」「平等」「寛容」etc.)に依拠するようになってきている(注1)。こうした「普遍的な語彙」は「差別」という批判に強い。

以上、要約。シティズンシップの各側面の変化を因果的に説明した上で、結論部分で厳密には「因果とも言えない」と言ってマイヤーのような制度論者の説明を補完的に持ち出してきているので、少し解りにくい気はした。また、ヨプケにはシティズンシップの「参加」という側面を説明していないという批判があるものの(Bloemraad 2015:601)、このように整理する試みはいずれにせよ大切で、非常に重要な試みであろう。

ちなみに、ヨプケは別の著書で、地位の側面でアクセスが易化し、権利の側面で社会的権利が後退し、アイデンティティの面で各国家に固有の文化の語彙が希薄化してリベラルな語彙で統一される兆候を「軽いシティズンシップ」(citizenship light)(Joppke 2010=2013)への変化として表現しており、また西洋諸国のシティズンシップはこのような「軽いシティズンシップ」へと不可逆的に収斂していると考えているようである。

こうしたシティズンシップの変化の現代日本へのインプリケーションについて、今後また書いてみたい。

(注1)こうしたシティズンシップのアイデンティティの側面の変化は帰化の際に求められる「帰化テスト」の内容のリベラルさにも現れているが、この論文では時期的に言及されていない。詳しくはJoppke(2010=2013)や、Joppke(2013)を参照。

参考文献
Bloemraad, I. (2015). Theorizing and Analyzing Citizenship in Multicultural Societies. The Sociological Quarterly, 56(4), 591-606.
Joppke, C. (2007). Transformation of citizenship: status, rights, identity. Citizenship studies, 11(1), 37-48.
Joppke, C. (2010). Citizenship and immigration. Cambridge: Polity Press. (=2013, 遠藤乾, 佐藤祟子, 井口保宏, 宮井健志訳『軽いシティズンシップ』岩波書店.)
Joppke, C. (2013). Through the European looking glass: citizenship tests in the USA, Australia, and Canada. Citizenship studies, 17(1), 1-15.

2016年6月21日火曜日

N.T.WrightのSimply Jesus(2011)の感想

英国国教会の元ダラム司教で、現在St.Andrews大学の新約聖書学教授N.T.ライトのSimply Jesus(2011)読了。かなり良い本だと思ったが、邦訳はされていない。N.T.ライトの本はSimply Christian(2006)に次いで二冊目で、両者とも印象は良かった。

英米圏では比較的昔から名が知れていた学者だったようだが、日本では2010年代からいわゆる「福音派」の神学関係者の間で注目を集め、翻訳・勉強会等が開催されているようである。New Perspectives on Paulというパウロ研究への新しいアプローチと関係があるようであるが、門外漢の私はよくわからない。

Simply Jesus(2011)は一世紀イスラエルの歴史的背景や、当時のユダヤ教の旧約聖書に対する主流派見解をしっかりと説明した上で、イエス像の再現を試みる「史的イエス」論。この手の本はリベラルなものから保守的なものまで数冊読んだが、イエス自身の「内面」に肉薄しようとしていることが本書の一つの特徴だと思われる。

ライトも認めているようにタイトルと違って内容は決してSimpleとは言えないが、一般読者向けに書かれた本としてはかなり詳細な歴史的コンテキストを踏まえており、とても楽しく読み進めることができた。(専門家向けの本は別にある)。イエスの前後の時代にイスラエルに現れた四人の指導者(ユダ・マカベウス、ヘロデ大王、バル・コクバ、シモン・バル・ギオラ)のイエスとの相違点や、イザヤ書・ダニエル書・ゼカリヤ書の重要な預言など、知識整理にも役立つ。

以下印象に残った論点とコメントを3点(1. イエスの「召命」と「神殿」理解、2. 「神の王国」と「地上の王国」、3. イスラエル人の政治・聖書に関する知識・理解)羅列する。

1. イエスの「召命」と「神殿」理解

ライトはSimply Jesus(2011)の少し前に出版されたSimply Christian(2006)で「保守派」から反発を受けそうな以下のような見解を示していた。

At this point, again, many Christians have taken a wrong turn. They have spoken of Jesus as being 'aware', during his lifetime, of his 'divinity', in some sense which made him instantly, almost casually, the possessor of such knowledge about himself as would have made events like his agony in the garden quite inexplicable.What I have argued elsewhere, not to diminish the full incarnation of Jesus but to explore its deepest dimension, is that Jesus was aware of a call, a vocation, to do and be what, according to the scriptures, only Israel's God gets to do and be (Wright 2006:p.101).

Simply Jesusでは上記のような表現は出てこないが、イエスの「神殿」理解に関するライトの記述はSimply Christianでの見解のマイルドな言い換えのように思われた。ライトはSimply Jesusでイエスの「召命」とイエスの「神殿」理解を密接に結びつけている。1世紀イスラエルにおいて「神殿」は「地上」と「天」(神)が出会う場所であり、イエスはこの「神殿」として自己を理解し、このことが「受肉」の教理そのものの中心的意味として捉えられている。

It [The temple] was the place where heaven and earth met... Jesus was, as it were, a walking Temple. A living, breathing place-where-Israel’s-God-was-living. As many people will see at once, this is the very heart of what later theologians would call the doctrine of the incarnation.But it looks quite different from how many people imagine that doctrine to work (Wright 2011: pp.130-131).

もちろん、ヨハネ福音書2章を筆頭に新約聖書ではイエスの「身体」を「神殿」と結びつける解釈が登場しているので、ここでのライトの解釈は伝統的なものであるとも言える。ただ上記引用でライト自身も指摘している通り、現代を生きる多くの一般信徒の「受肉」理解はこのようなものとは少し異なるように思われ、違和感を覚える人もいるかもしれない。

2. 「神の王国」と「地上の王国」

ライトは「神の王国」(「神の国」、「天の御国」、「天」と基本的には同じ意味)をこの地上の世界から離れた、死後に人間が行く遠くにあるもののように考えるクリスチャンを批判する。そのような考え方は1世紀のイスラエルには存在しなく、プラトン主義の影響を受けた思想だという。

Many have wrongly assumed that he[Jesus] was referring to a 'kingdom' in the sense of a place called 'heaven'-in other words, a heavenly realm to which a people might aspire to go once their time on 'earth' was over. That is simply not the phrase meant in the first century...Within Jesus' world, the word 'heaven' could be a reverent way of saying 'God' ; and in any case, part of the point of 'heaven' is that it wasn't detached, wasn't a long way off, but was always the place from which 'earth' was to be run(Wright 2011: pp.142-143).

ライトは「地上の王国」と対置する形で、イエスが地上で「神の王国」の開始を宣言したと考える。この王国は弟子達が期待したような暴力革命によるものではなかったが、実際に現存するものであり、イエスの「十字架」とともにすでに到来しており、一定の政治的な意味をもっている。にも関わらず、現代を生きるクリスチャンは「十字架」を抽象的に捉え、すでに到来している「神の王国」を自覚していないことをライトは批判している。一世紀の弟子たちがイエスに「地上の王国」(e.g.ローマ帝国)を倒すような「王国」を期待し「十字架」は期待しないという過ちを犯したのと正反対に、現代の多くのクリスチャンは「十字架」のみを期待し「王国」を期待しないという過ちを犯した。ライトにとって「十字架」と「王国」は切り離せないものなのだ。

The disciples wanted a kingdom without a cross. Many would-be ‘orthodox’ or ‘conservative’ Christians in our world have wanted a cross without a kingdom, an abstract ‘atonement’ that would have nothing to do with this world except to provide the means of escaping it (Wright 2011:p.169).

「神の王国」を証する役割が与えられているクリスチャンにとっての一番の政治的表現は「礼拝」である。そして、ライトによれば、「礼拝」は本来的にはどのような地上の政治組織(民主主義国家も含まれる)にも挑戦的であるはずのものだ。

Acclaiming Jesus as Lord plants a flag that supersedes the flags of the nations, however 'free' or 'democratic' they may be. It challenges both the tyrants who think they are, in effect, divine and the 'secular democracies' that have effectively become, if not divine, at least ecclesial, that is communities that are trying to do and be what the church was supposed to do and be, without resource to the one who sustains the church's life.Worship creates-or should create, if is is allowed to be truly itself- a community that marches to a different beat, that keeps in step with a different lord(Wright 2011:p.215).

このような見解は保守的なキリスト教の文脈では珍しいものではないかもしれないが、ライトが特定の国家(大英帝国)と密接な関係を保ってきた英国国教会のナンバー4であるダラム司教を7年間つとめた人物であること、ダラム司教はThe Lord Spirituralとして英国議会の貴族院の議員に任命されることを考えると示唆に富んでいる。

3. イスラエル人の政治・聖書に関する知識・理解

ライトに限った話ではないが、聖書学者が、「当時のイスラエルの人々が共有していた物語(世界観)は〇〇である」という主張に基づいて何かを論ずる場合に気になるのが、実際にその物語が社会にどの程度浸透していたかという問題だ。

私が社会意識調査のデータ分析をしているから思うことなのしれないが、特定社会で共有されている価値や知識等にもほとんどの場合一定の分散(意見の散らばり)が存在しており、その分散は社会的属性(e.g.ジェンダー、職業)やその他の要因(e.g.居住地域)に大きな影響を受ける。多くの聖書学者は当時のイスラエルの民のほとんどが旧約聖書やその解釈に精通しているように描いているが、どこまでそのような古代イスラエル像は正しいのだろうか。

もちろん、イエスやイエスを批判した宗教熱心な者たちが特定の物語の中に生きていることは簡単に想像できる。だが、例えばイエスが語りかけた貧しい群衆はどうだったのであろうか。彼らはそもそも彼らの置かれている政治的状況(ローマ帝国)を正しく把握したり、旧約聖書の特定の箇所を心に刻み、それに基づく預言の成就を待ち望んだりしていたのであろうか。このような批判は資料が少なすぎて検証する方法はないし、あまり生産的ではないことは理解しつつ、時折感じてしまうことである。もちろん、この本の主旨には大きな影響は与えていない。

コメントは以上。大変有益な本であったので、英語がOKな方は是非手に取ることをお勧めしたい。

引用文献
Wright, N. T. (2006). Simply Christian: Why Christianity Makes Sense. SPCK.
Wright, N. T. (2011). Simply Jesus: Why he was, what he did, why it matters. SPCK.

2016年6月19日日曜日

統計ソフトLEMのダウンロード

フリー統計ソフトLEMはJeroen K. Vermunt というオランダの大学の研究者が開発しているらしい。LEMはLog-linear and event history analysis with missing data using the EM algorithmsの略称だと思われる。オランダの社会学はよく理由はわからないが計量分析が異常に発展していると思う(たぶんアメリカと同レベル)。

LEMはログリニア分析、潜在クラス分析等のカテゴリカルなデータを扱うのに適したソフト。おそらくかなりマイナーで、日本ではごく一部の社会学者・政治学者のみにしか使われていない印象がある。

ダウンロードはJeroen K. Vermunt 先生のホームページからできる。Macではしらせようとしたが、Wineのようなアプリケーションをダウンロードしないとダメなようで、ハードディスクの容量の関係からまだ試せていない。Windowsだと簡単にはしった。とりあえずログリニアモデルとロジットモデルは自分ではしらせてみたが、意外と簡単。今週中に潜在クラス分析も試してみる。


2016年6月18日土曜日

同化から差異化そして再び同化へ(Brubaker 2001)

Brubaker, R. (2001). The return of assimilation? Changing perspectives on immigration and its sequels in France, Germany, and the United States. Ethnic and racial studies, 24(4), 531-548.

UCLAの歴史社会学者R.ブルーベイカーの論文。この論文は2001年にEthnic and racial studiesから出されており、「同化」から「差異化」そして再「同化」へという20世紀の移民へのアプローチの大きな変遷をフランス、ドイツ、アメリカの三国を事例に描いた論文。もちろん、前者の「同化」と後者の「同化」の意味は大きく違い、その意味の内容が本論文の論点。

「同化」という言葉の定義。同化には二種類の意味があるという。一方は「一般的で抽象的」(general and abstruct)で、何かが同じようになってくることや、何かを同じようにすることや、何かを同じように扱うこと意味する。この意味での同化は「過程」(process)であり、「程度」(degree)の問題である。もう一方の意味は「具体的で有機的」(specific and organic)であり、身体が食べ物を血に変換するように、何かを変換して自らのシステムのうちに取り込むことを意味する。この意味での同化は「過程」ではなく、「結果」(end-point)であり、「程度」の問題などではない。

ブルーベイカーによれば研究者の視点も含めたパブリックディスコースや政策の面で、西洋諸国を中心に、20世紀初頭から半ばまで強固な「同化」的視点が存在し、それへの反発という形で1960年代後半頃から「差異」を強調する多文化的な視点が優勢となり、さらにまたそれへの反発として「同化」的な視点が1980年代後半から強まっている。しかし、20世紀初頭の「同化」と1980年代以降の「同化」はその意味が根本的に異なっており、前者は「結果」としての完全な「同化」であり、後者は「過程」としてのみの「同化」である。

具体例としてアメリカの歴史学と社会学の研究の変遷があげられている(実際には論文ではフランスのパブリックディスコースとドイツの公共政策もあがっているが割愛)。アメリカでは1920年代-1960年代にかけて「同化主義」的な視点からの研究が盛んであった。こうした研究においては、ゴードンのような有名な学者のものでさえも、移民の「白人」「プロテスタント」の主流文化への直線的な同化を暗黙のうちに前提としていた。これは批判されるべき「結果」としての「同化」である。しかし、こうした「同化」への反発として、1960年代半ば以降、移民のエスニシティを強調する多元主義的な研究が優勢となり、この傾向は1980年代半ば頃まで続いた。こうした研究は移民独自の文化が維持され続けることが善であり、移民は一般的に自分たちの文化を維持するものだという検証されていない仮説の上になりたっていた。しかし、エスニックな組織に着目するあまり、エスニックな組織を退出する移民や、トランスエスニックな人のつながりの形成に着目ことができていなかった。1980年代後半以降にあらわれた新しい潮流は再び「同化」を強調する。しかし、今度は「過程」としての「同化」である。また、「同化」を分析のためにのみ必要な概念とし、規範的な立場をとることに極めて慎重であるととみに、移民の「同化」するグループに、より分節化された(segmented)、多様な集団を仮定する。例外的に規範的な議論をする場合でも、経済・健康面での「同化」を強調する(e.g.移民もアメリカの中産階級と同じくらい経済的に豊かになる/健康になる方がよい)。

以上がブルーベイカーのいう「同化」(20世紀前半)⇒「差異化」(20世紀後半)⇒「再同化」(20世紀末-)の潮流の具体例である。
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以上、私なりに要約した。移民研究に慣れ親しんでいない人には意味がわからないかもしれない。特に、「同化」の二つの定義付けの際に使われる「一般的で抽象的」と「具体的で有機的」の対比の意味は私にもクリアではない。ただ、結論部でもこの対比を再び出してきているのでよっぽど強調したかったのだろうと思う。論文中には書かれていなかったので補足しておくと、現代の研究の潮流ではブルベイカーがいう「過程」という意味での「同化」には「統合」(integration)という言葉がよくあてられる。

日本は1990年代末くらいから「差異」の段階がニューカマーを受け入れた学校や地方公共団体から草の根レベルで到来し、まだ「差異」(多文化主義)の段階にいるという認識が私にはある(ここら辺のことに関しては日本でもたくさん文献があるし、自分も専門ではないので詳しくはない)。だから、日本にこのブルーベイカー論文のような視点が導入されるにはまだまだ時間がかかるであろうし、導入される際には、戦前回帰的な右翼的ディスコースに政治家や研究者が足をとられないように気をつけなければならないとともに、「同化」という言葉に深く傷ついているオールドカマーのコミュニティ(特に在日韓国・朝鮮コミュニティ)への配慮は欠かせないであろう。

ただ、現実として、移民は一定程度ホスト国の生活様式(e.g.言語)を身につける。また多くの移民はホスト国で何らかの仕事にも就くであろうし、子どもは学校にもいくであろう。こうした移民の状態をホスト国の国民の状態と経験的に比べることは(政策的・学問的に)重要であり、ブルーベイカーのいうような過程としての「同化」の概念は(「同化」という言葉は別の言葉に変えてもよい)必要であろう。

2016年6月16日木曜日

xtlineコマンドの使い方(右派政党議席占有率データを事例に)

統計ソフトStataのxtlineコマンドの使い方の紹介。xtlineはパネルデータ分析で用いられる図出力のためのコマンド。

知っている人にとっては当たり前すぎる話なのだが、SPSSからStataに移行し始めたばかりの頃にxtlineコマンドの使い方を知らずに無駄な時間をかけてしまった。今後同じような問題にぶつかって検索をかける人がでないとも限らないと思い、メモしておく。正直、英語で検索するとわりと情報は豊富で、例えばUCLAのこのページなどはおすすめ。

以下では例として、Comparative Political Dataset(Armingeon et.al 2015)を用いる。使用するのはこのデータ中のyear変数(数値)、country変数(名義)、countryn変数(数値)、gov_right3変数(数値)である。gov_right3変数は各国議会における右派政党議席占有率(%)である。ちなみに、データ中の「右派政党」というのは例えば日本だと自民党、アメリカだと共和党、イギリスだと保守党のことらしい。他にも中道政党、左派政党があり、中道が日本だと民主党(民進党)、左派政党が社民党、共産党ということになる。ここら辺の分類は政治学の人に聞いてもらいたい。

データは既にロングの形式になっており以下のような形となっている。

データの形式
パネルデータをStataで分析する時にはロング形式に変換した後に

xtset id time

でパネルデータ分析をはじめることを定義する。ここではidがcountry、timeがyearにあたるが、注意したいのはxtsetコマンドには名義型変数が使用できないので、countrynという数値型に変換した変数を用いなければならない。具体的には、以下のようになる。

xtset countryn year

個人レベルのパネルデータの分析ならしようとは思わないことかもしれないが、カントリイヤーが単位のパネルデータの場合、特定変数のid×timeの情報をidごとにグラフにしたいと思うかもしれない(私は思った)。

その時にはxtlineという便利なコマンドがある。

xtline gov_right3

以上のコマンドで先ほどの右派政党議席占有率をグラフにすると以下のような図が出てくる。

1960-2013年×36カ国の右派政党議席占有率
(国の名前が数値で表示されている)
上図をご覧になるとわかる通り、idがcountrynの数値になるので、どこの国がどういう変遷を経ているのかパッとみただけではなかなかわからない。で、私は最初マニュアルで番号に国名をふっていた(馬鹿だった)。

しかし、当たり前だが出力の際に名義変数を指定する方法があった。さらにx軸、y軸の名前とかグラフの色とかも変更できる。知っている人にとっては当たり前のことなのだが、知らなかったら一苦労。方法としては以下のようにt(time) i(id) でtimeとidを指定し、この時のidには名義変数を選んでもよい。そもそもxtsetでパネルデータ分析を宣言していない場合にはt()とid()で変数を指定しなければならないので、本来はこちらのやり方を先に学ぶものなのかもしれない。xtitle("")とytitle("")でx軸、y軸の説明を変更し、さらにscheme()で色等を選ぶことができる。

xtline gov_right3 , t(year) i(country) xtitle("年") ytitle("右派政党") scheme(s1mono)

以上のコマンドを使うと以下のようなグラフが出てくる。
1960-2013年×36カ国の右派政党議席占有率
(国の名前が名義で表示されている)
最後に個人単位のパネルデータを使っている人が必要かもしれない情報を紹介しておく。例えば、パネルidの10番までの人を一つの図にまとめてデータの確認をしたいという場合、以下のようにoverlayというオプションを使えばよい。

xtline gov_right3 if countryn < 10, overlay t(year) i(country) legend(off)

以上のコマンドをはしらせると以下のような図が出てくる。

id1-10の国の1960-2013の右派政党議席占有率
ちなみにlegend(off)というのは各線の説明を隠すオプション。今回の例のように国単位の情報を扱う際には各idに重要な意味はあるが、個人のidにはあまり意味はないと思うので消すのがベターかと思われる。

以上の使用のデータ出所
Armingeon, Klaus, Christian Isler, Laura Knöpfel, David Weisstanner and Sarah Engler. 2015. Comparative Political Data Set 1960-2013. Bern: Institute of Political Science, University of Berne.



2016年6月15日水曜日

「赦すこと」のカルヴァン的理解

とあることがきっかけでカルヴァンの「わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。 」(マタイによる福音書6章12節『新共同訳聖書』)の解説を調べた。以下、そこに書いてあったことをメモとして感想付きでまとめてみた。

ジュネーブ大学図書館にある
カルヴァンの肖像画(wikipediaより)
このマタイの箇所は「主の祈り」の一部であり、『キリスト教綱要』(注1)の第3篇第20章45節に解説が記されている。ちなみに、20章は「祈り」についての章、21章は有名な「予定説」に関する章である。なお、「節」といっても聖書みたいに短くはない。

45節の前半部分はなぜキリストが「負い目」という言葉を「罪」を指すのに用いたかについて述べてある。

さてキリストは罪のことを負い目と呼びたもうが、これは、われわれがその罪の刑罰を「負う」からである。もし、これが「赦し」によって免除されるのでなければ、われわれはこの負い目をあがなうことができなかった。これは値なしの憐れみによる赦しであって、神はわれわれから何らの値を受けることなく、進んでこの負い目を抹消したもうた。(『キリスト教綱要』第3篇第20章45節)

広く普及している「主の祈り」の日本語訳の多くは「我らに罪をおかすものを我らが赦すごとく、我らの罪をも赦したまえ。」となっているが、「負い目」という言葉の方が「負債」の意味がよりはっきりしてきてよいのかもしれないと考えさせられた(注2)。

続けてカルヴァンは当時の再洗礼派・聖霊派等を批判している。当時の宗教改革急進派がどのような主張をなしていたのかわからないのでここは私にはいまいち理解できなかった。

後半部分。カルヴァンは「我らが赦すごとく」というフレーズに敏感に反応し、人には負い目を赦すことはできない(負い目を赦すことは神にしかできない)大原則を再確認している。

最後に、われわれは、「われらに負い目あるものをわれらが赦すごとく」—換言すれば、行為において不正に取り扱われるにせよ、あるいは、ことばをもって侮辱を浴びせられるにせよ、何らかのことでわれわれに害を与えるすべての人々を、われわれが惜しんで赦しを与えるように、ということである—この赦しがわれわれに対してなされることを祈り求める。これは、違反や犯行の罪責を赦すことがわれわれの権限にあるということではない。それは、ただ、神のみに属する(イザヤ43:25)。ただ、われわれに属する赦しとは、怒りと、憎しみと、復讐欲を心のうちから取りのぞき、害を受けた記憶を、進んで忘れることによってなくすことである。(下線筆者)(『キリスト教綱要』第3篇第20章45節)

カルヴァンにとって「主の祈り」で求められている「赦し」とは「怒り」「憎しみ」「復讐欲」を取り除き、「害を受けた記憶」を「進んで忘れる」ということである。ここで前半部分の「負債」のニュアンスを思い起こすと、人の負債は人が帳消しにできるものではないということをカルヴァンは主張していることになる。つまり、人の負債は人に対して負っているようにみえても実は神に対して負っており、人は負債のことを「忘れること」はできるが、「返済すること」はできないという意味なのであろう。(注3)

人間に罪を赦す権限がないというのはユダヤ-キリスト教伝統の中では大前提だと思われるが、「主の祈り」の「赦し」の文脈でそのことを思い出す人は多くはいない気がする。少なくとも、私は思い起こしたことがなかった。また、ここでのカルヴァンの「赦すこと」と「忘れること」を結びつける論点は奥が深い。(注4)

カルヴァンは続けて、「われらに負い目あるものをわれらが赦す」ことは、「われらの負い目」が赦されることの根拠ではないことを強調する。

「われわれがわれわれに負い目あるものを赦すように、われわれも赦される」との条件は、「われわれが他の人に施す赦しのゆえに、われわれも神からの赦しに値するものとなる」という意味のものとして、—あたかも、赦しの根拠をしるすためのもののように—付け加えられたのではない。(『キリスト教綱要』第3篇第20章45節)

カルヴァンにとって、キリスト者が「負い目」を赦すことは、わたしたちに与えられた「しるし」である。

すなわち、主はこれをいわば「しるし」として—われわれが、「他の人々に対して自分はこれを行った」と確かに意識されるのと同じだけ確かに、「われわれにも神からの罪の赦しが与えられた」ということを確信する「しるし」として—付け加えたもうた。(『キリスト教綱要』第3篇第20章45節)

この「しるし」としての「赦し」は『プロ倫』におけるヴェーバーの「予定説」解釈を彷彿させる論理構造だ。カルヴァンはこの「しるし」を、神がわたしたちの「負い目」を赦す恵みと並列される「第二の恵み」と表現している。

ふと調べてメモ程度に考えたことを書いてきたが、こんなにも長くなってしまった。かなり尻切れとんぼな記事だが、ここで終わりとする。『キリスト教綱要』を読むのはこれがはじめてなのだが、意外と面白かった。もし最後まで読んでくれた方がいたら、是非気になる箇所を読んでみることをおすすめする。

(注1)J . カルヴァン,『キリスト教綱要Ⅲ/2』(渡辺信夫訳)新教出版社 (1964)
(注2)現在普及している日本語の「主の祈り」のほとんどが「罪」という表現を使っているのは、マタイ福音書(「負い目」)ではなくルカ福音書(「罪」)の記述を採用したということなのか、マタイ福音書の「負い目」をよりわかりやすいように「罪」と意訳したということなのか、真相は私にはよくわからない。
(注3)ここで私が勝手に思い出したのが詩編51篇6節である。ダビデはバテシェバ事件のことをナタンに非難された後、「あなたに、あなたのみにわたしは罪を犯し・・・」と神に祈っている。妻を奪った上で、間接的に殺害した部下のウリヤに対する言及はない。
 (注4)カルヴァンのここでの主張からは大きくは離れるが、私が気になったのは主の祈りを「共同体」の祈りとして理解した時に「赦すこと」を「忘れること」と理解することの問題点である。例えば戦争の被害を被った共同体は返済を求めない場合でも被害を共同体として「記憶」する(e.g.中韓の「歴史教科書」や「原爆ドーム」)。こうした「記憶」でさえもキリスト者であれば「忘れる」ことが求められているのであろうか。それともカルヴァンの「忘れる」はまた別の意味なのであろうか。カルヴァンは宗教改革の迫害の被害者でもあった。カルヴァンは自分や自分の愛する共同体が被った被害を「忘れること」ができたのであろうか。


2016年6月11日土曜日

「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい」の列王記的解釈

「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。」(ルカの福音書の9章60節)で有名な下記の新約聖書における記述は、父母を敬うことを掟とするユダヤ教の文脈に照らしても、現代の状況に照らしてもなかなか理解し難いと疑問に思っていた。

09:59そして別の人に、「わたしに従いなさい」と言われたが、その人は、「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と言った。 09:60イエスは言われた。「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい。」 09:61また、別の人も言った。「主よ、あなたに従います。しかし、まず家族にいとまごいに行かせてください。」 09:62イエスはその人に、「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と言われた。 (ルカの福音書の9章59節-62節「新共同訳聖書」より)

木曜日、「エリシャの召命」(列王記上の19章19節から21節)のこと(下記)を友達と話していて、疑問に思っていた上記ルカ福音書の箇所を思い出した。

19:19エリヤはそこをたち、十二軛の牛を前に行かせて畑を耕しているシャファトの子エリシャに出会った。エリシャは、その十二番目の牛と共にいた。エリヤはそのそばを通り過ぎるとき、自分の外套を彼に投げかけた。19:20エリシャは牛を捨てて、エリヤの後を追い、「わたしの父、わたしの母に別れの接吻をさせてください。それからあなたに従います」と言った。エリヤは答えた。「行って来なさい。わたしがあなたに何をしたというのか」と。 19:21エリシャはエリヤを残して帰ると、一軛の牛を取って屠り、牛の装具を燃やしてその肉を煮、人々に振る舞って食べさせた。それから彼は立ってエリヤに従い、彼に仕えた。(列王記上の19章19節-21節「新共同訳聖書」より)

両者は対照的である。エリシャの「わたしの父、わたしの母に別れの接吻をさせてください。」という願いは叶えられたのに対し、ルカの福音書の「主よ、まず父を葬りにいかせてください」「まず、家族にいとまごいにいかせてください」という願いは叶えられない。

どこかの注解書には既に書いてあることだと思うが、ルカ福音書の著者はイエスに従おうとする二人の無名な人物の物語を記述した際に、列王記上のエリシャの召命物語を意識していたはずだ。さらにいえば、イエスもこの召命物語のことを幼い頃から何度も聞いていたはずである。だから、列王記を踏まえればルカの一見厳しすぎるように思える記述を当時の文脈に即して理解できるのではないか(注1)。

鍵はエリヤとイエスの質的な違いにある。エリヤはあくまで神の命令に従ってエリシャを選んだ。エリヤの「行って来なさい。わたしがあなたに何をしたというのか」(列上19:20)という返事は、「神があなたを見いだしたのだ。私が見いだしたのではない。だから私はあなたの行動にとやかく言う権利はない。」という意味にとることができる。一方、イエスにはエリヤにはない権威がある。キリストとしての権威、神の子としての権威だ。だからこそ、イエスはここでエリヤと同じように「私があなたに何をしたというのか」とは言わない。なぜならエリヤはエリシャに「何もしなかった」(召し出していない)が、イエスは無名の人物二人に「何かをした」(直接的に召し出した)からである。

そう考えると、ルカのこの箇所はイエスの権威を表現しようとしている箇所として理解することができるのではなかろうか。ここは、新共同訳聖書では「弟子の覚悟」という小見出しがついているが、「イエスによる選び」という小見出しに変えてもよいのかもしれない。(注2)(注3)


(注1)ルカ福音書の著者は異邦人であるとする説が有力のようだが、旧約聖書に関しても一定の知識があると考えて差し支えはないと筆者は考えている。
(注2)筆者は聖書学・神学的なトレーニングを受けておらず、さらにヘブライ語もギリシャ語も読めない。この記事に聖書学・神学的におかしな部分があれば大目にみていだだけると幸いである。
(注3)この記事は筆者の責任のもとで書かれており、筆者の所属するいかなる団体の見解をも代表しない。

2016年6月9日木曜日

帰化テストの内容比較(Michalowski 2011)

Michalowski, I. (2011). Required to assimilate? The content of citizenship tests in five countries. Citizenship studies, 15(6-7), 749-768.

修論で取り組んでいる内容の先行研究。帰化テストとは、外国人移民が移住先の国でシティズンシップ(いろいろな訳し方があるがこの場合は「国籍」)を取得する際に受検が求められるテスト。この論文はそのテストの内容の比較分析。

帰化テストをめぐっては様々な論争が起きている。Michalowski(2011)は帰化テストが(a)帰化規制のための障壁になりうるかを問う論争、(b)文化的同化を促進(強制)しているかを問う論争、を紹介した上で、(c)帰化テストは国ごとのシティズンシップ政策の文脈に即して理解しなければならないとする論者も紹介している。

論文の先行研究レビューの論理構造がかなりわかりにくいのだが、Michalowskiはこの論文で上記の(b)に関する論争に足を突っ込もうとしている。(b)は帰化テストを「文化的同化」と捉える立場(e.g. Orgad 2010)と「抑圧的リベラリズム」だと捉える立場(e.g. Joppke 2007)に別れている。

ここからMichalowskiは実際にイギリス、ドイツ、オーストリア、オランダ、アメリカのテストの内容を検証しようとする。シティズンシップ政策の厳しさの三段階の代表としてイギリス(オープン)、オランダ(中間)ドイツ・オーストリア(規制的)を選び、さらに遥か昔から帰化テストを導入している国としてアメリカを選択したというそれぞれの国の選択のロジックのようである。

Michalowskiはテストを比較するにあたりJoppkeの議論に依拠する。Joppkeのいうリベラリズムとは、ロールズ的なリベラリズムであり、「何が正しいか」に関する「手続き的合意」を目指すもので、「何が善いか」に関する「実質的合意」を目指すものではない(Joppke 2007)。よって、Joppkeは帰化テストの内容を分析するにあたり、知識のみを問う問題を「リベラル」、内的性向まで問う問題を「非リベラル」(文化的同化を求めている)だとした(Joppke 2010)。MichalowskiはこのJoppkeの比較軸を用いて社会に関する「手続き的合意」である「政治」や「民主主義」に関して問う質問を「リベラル」な質問としてとするとしている。

結果としてはアメリカ、ドイツ、オーストリア、イギリスともにほぼ政治や民主主義を中心とした知識ベースの質問のみであり、オランダのみ「何が善いか?」に関する質問が20%程度あったとのことであった。よってMichalowskiは(b)の論争に関して帰化テストは全体的に「リベラル」であるという結論を出している。さらに(c)の論争に関しても、「帰化テスト」の内容は国ごとのシティズンシップの政策によらず「リベラル」だといえるというこを示唆したいようである。

正直、かなりわかりにくい論文ではあったが、同じようなことを日々考えている人間としては面白いところもたくさんあった。難点をつけるとすれば、政治や歴史等のテーマの分類の仕方が少し自分の関心からはおかしいと思われる点があった。自分の修論ではそこを修正するような議論ができたらと思っている。また、オランダはテストが入手できずに議会の資料をテストに代替しているところが少し問題があると思われるが、それもこの分野の研究の難しさ(機密情報が多い!)を語っていて苦労が感じられる。

この論文は、ロールズの政治哲学のような規範的理論を経験的な社会学研究とつなげようとした点で高く評価できるのではないだろうか。もちろん、政治哲学研究者からみると議論が浅いor誤解がたくさんあって話にならないのかもしれないが、そこは私には判断できない。









GRE受検

博士課程での留学を考えていてGREを最近受けてみた。GREはアメリカの大学院に進学する際に必要なテストで正式にはGraduate Record Examinationsという。留学生だけに課せられるTOEFLやIELTSなどと違い、アメリカの学生にも課せられるテストなので留学生にはかなり難しいとされている。一応テスト勉強のために超難解な単語を覚えはじめようとしたが、50単語程度覚えただけで諦めてETS公式の練習問題を2回ほどやるだけの対策にとどめた。

ETS公式練習問題(どんな自信家でも
1回はやった方が良いと思う!)
日本だと学部入試の時に全国共通のセンター試験があるが、全世界の都市で通年で受検可能なセンター試験の大学院入試バージョンがあると考えればわかりやすいかもしれない。

ほとんどの人文・社会科学系の大学院博士課程の留学ためにはGeneralテストと呼ばれるテストのみを受ければよく、試験内容はVerbal、Quantitative、Analytical Writingの3つに分けられている(注1)。Verbalは英語のリーディングのテスト、Quantitativeは数的処理のテスト、Analytical Writingはライティングのテストである。TOEFL同様何回でも受けられるが、1回受検するのに日本円にして2万円以上する。

受検は都内の試験会場に設置されたコンピューターの前で行う。終了直後にAW以外の暫定スコアが算出される。これは実際には10日後に出る正式スコアと全く変わらない(らしい)。自分の結果はVerbal160/170(全受検者上位15%以内)、Quantitative166/170(全受検者上位8%以内)、AWは4.0/6(全受検者上位44%以内)(注2)。Verbalは「ネイティブと一緒に受ける試験なので非常に難しい」との噂だったが、そこまで難易度が高いとは感じなかった。逆にQuantitativeは日本からの出願者は「満点狙える」と聞いていたが、見通しが甘かったよう。問題は中学校の数学レベルなのだが、とにかく時間がない。AWは当日の感触は良かったが、ネイティブとノンネイティブの差が顕著に出てしまった結果となった。

周りにもアメリカ留学を考えている社会科学系専攻の友達が数名いるのだが、皆点数は自分と同程度。英語ネイティブのアメリカの学生が英語の読解テスト(Verbal)で日本の学生よりも低いスコアを出す理由がよくわからないが、日本で教育された学生のようにペーパーテストに慣れていないことが一つの要因なのかもしれない(私や私の周りにいる友人は良い意味でも悪い意味でも小さい頃からペーパーテストを受け続けさせられてここまで来ている)。

試験を受けた後に知ったのだが、GREは加点方式なので間違えても点数はマイナスにならないということ。だからわからない問題があったら時間をとりすぎずに適当に答えて次の問題に進み、できるだけすべての問題に回答するのが効率的だといえる。おそらく全問に正解しなくても満点になるのだと思われる。(注3)

MagooshというGREの合格者平均スコアを大学別に推定しているブログをみたところハーバード大の社会学の大学院で合格者平均がVerbal161-165、Quantitativeが152-156とされていたので、GREスコアだけだと自分もトップスクールの合格圏内にはいるということになる(AWについては記載なし)。

ただ、現実はそう甘くはなさそうである。中国の北京大とか韓国のソウル大とかで学部の時から必死で対策してきている人たち(実際に知っている)なら、複数回受検して両者とも満点近い点をとれる。さらに、そもそも米国トップ大学大学院の合否にGREはあまり関係ないという説はよく聞く。GRE は足切り的な意味合いが強いらしい。悪すぎるとダメだが、良すぎても意味がないとのこと。そう考えると、もう私は一定程度の点数をとったので再受験する必要はないはずなのだが、少し気になるのはAWの点数。どのくらいのAWの点が必要なのか(足切りの点)に関する情報は少ない。もう一度2万円を支払って点数を向上させるか悩んでいるので、どなたかAWの一般的な扱われ方を知っている方は教えてください。

博士課程留学はまだ本当にするか、来年からするか、再来年からするか決めてはいないという中途半端な状況だが、とりあえずその他のアピールポイント(研究計画、論文、推薦書)を魅力的にできるように頑張りたいと思う。

(注1)理系留学のためには別にSubjectの試験を受けなければならないこともあるらしい。逆にほんの少し興味があって調べた神学(Theology)の博士課程はGREのスコアを提出する必要がなかった。
(注2)ここ数年でGREのシステムに変更があり、満点が何回か変わっている。2016年6月現在は各セクション170点満点のよう。
(注3)私の個人的な見解です。たぶんあっていますが、この記述により損害を被っても何の責任もとれません。




2016年6月8日水曜日

社会学者ピーター・バーガー自伝

Berger, P. L. (2011). Adventures of an Accidental Sociologist: How to Explain the World without Becoming a Bore. New York: Prometheus Books.

最後の方まで読んでストップしてしまっていたピーター・バーガーの社会学者としての自伝を読了。日本語でも『退屈せずに社会を説明する方法』として訳が出版されたらしい。

教科書的にはA.シュッツの「現象学的社会学」を引き継いだ社会学者として有名なピーター・バーガー。学部3年時に宗教学研究室の演習にいれてもらっていた時に『聖なる天蓋』を購読したのは覚えているが、個人的にはシュッツやバーガーの系統の社会学の流れに身をおいてはおらず(方法論的な意味で)、バーガーの社会学というよりはバーガーが「クリスチャン」として公的発言を続ける数少ない社会学者であることが気になっていた(注1)。

タイトルは"Accidental Sociologist"となっているが、"Accidental"なのは彼がもともと社会学者になるつもりがなく、ルター派の牧師を目指して移民としてアメリカ社会をよりよく理解するために社会学を学び始めたことが由来のよう。

個人的に興味深かったのは、ブッシュ政権を支えた保守的なカトリック神学者リチャード・ノイハウス(ルター派牧師から改宗)との友情と決別や、『脱学校の社会』で知られるイヴァン・イリイチとの親交、修士論文で扱ったニューヨークのペンテコステ運動、日本政治研究者となった息子のことなど。ちなみに有名なFirst Thingsという宗教・政治に関する保守系のジャーナルはバーガーがノイハウスとはじめたものらしい。

若い頃は随分いろいろと信仰の問題と葛藤したようで、長らく新正統主義的な立場(本の中ではその代表としてボンヘッファーをあげている)にあったが、ある時期にリベラルな信仰(Liberal Lutheranism)に移行していったと回顧している。バーガーらしいと思うのはリベラルプロテスタント×社会学者のミックスからは想像できない保守的な立場(政治)と、アメリカの福音主義者やペンテコステ運動に示す肯定的な態度。

彼は自伝の最後でアイデンティティのハイラーキーで一番重要なのが自己形成、二番目が宗教、三番目が社会学だと述べている。つまり、社会学者の側面を主に扱ったこの本はバーガーについての一番重要な部分を語っていないということらしい。是非、バーガーの信仰の遍歴についても本を出してほしい。

注1:バーガーはQuestions of Faith:A Skeptical Affirmation of Christianity(邦訳『現代人はキリスト教を信じられるか?-懐疑と信仰の狭間で-』)という使徒信条を1句ずつ彼なりに解釈する本まで出している。

2016年6月7日火曜日

トルストイ『光あるうち光の中を歩め』の感想

先日、トルストイの『光あるうち光の中を歩め』(新潮文庫)をプレゼントしてくれた方がいた。ロシア文学は高校2年生の時にドストエフスキーの『虐げられた人々』を読んで以来。恥ずかしながら、トルストイに手をつけたのはこれがはじめてである。

プロローグ。舞台はおそらくトルストイの時代のロシア。ストーリーは金持ちの邸に集まった閑人たちの会話からはじまる。キリスト教徒らしい生活を送るために「自分の財産を放棄して、田舎へ行って、貧しいひとびとと一緒に暮ら」(p.7)そうとする青年、青年をたしなめる父親、父親に賛同するようなことをいいつつも青年の主張を後押しし、「妻子のことを思い悩むのをふっつりやめて、ただただ自己の霊のことばかり考え」(p.10)たいと言う妻帯者の中年男、そしてこの中年男に猛反発する彼の妻と婦人たち、中年男を弁護する老人・・・・というような形で会話が続いていき、決着のつかないまま終わる。

本編。冒頭はマタイの福音書21章33節-41節のぶどう園の譬え話が引用されている。舞台は原始キリスト教がまだ非合法な宗教として迫害されていたキリキヤの国タルソに設定されており、時代は紀元100年頃とされている。タルソといえば使徒パウロの生まれた街だ。トルストイの中で関連をさせているのかもしれない。

主な登場人物は大富豪の息子で街で成功をおさめていくことになるユリウス、その親友パンフィリウス、医師、そして最後に出てくる老人である。ユリウスとパンフィリウスは幼少期に一緒に育つが、パンフィリウスがキリスト教徒となって、遠いところにあるキリスト教徒の共同体で共同生活をしはじめる。この時期のキリスト教徒は財産を共有する形の共同生活を送っていた。

ユリウスは一度放蕩するが、結婚して身をかためてからは順調に出世していく。彼は二度(青年期と壮年期)人生の危機に直面し、毎回かつての親友パンフィリウスのことを思い出して、キリスト教徒の共同体へと足を運ぶことを決意する。その度にあらわれてキリスト教徒のところへいくのをやめるように説得するのが医師である。

老年期になったユリウスは三度目の危機に直面し、医師の言葉を聞くのをやめてキリスト教徒の共同体にたどり着く。しかし、豊作の葡萄畑は人で一杯で、ユリウスは働く場所をみつけることができなかった。さらに、少し古く実が少ない葡萄畑でも働く場所を見つけることができず、老樹となってしまった空っぽの葡萄畑にたどり着く。そして一回目の決心の時に来ていれば豊作の葡萄畑で働け、二回目の決心の時に来ていれば古い葡萄畑で働けていたことを悟り、何もとれそうにない葡萄畑でこうつぶやく。

「俺は何の役にも立たない、今となってはもう何一つできない」(p.144)

しかし、そこに老人があらわれ、老樹でも葡萄は探せばみつかることを教えてくれる。そして、神の仕事全体の前では、人間がとる葡萄の多寡は関係なく、すべて大海の一滴に過ぎないことを告げ、ユリウスを安心させる。

「あんたは自分がやって来た以上のことができないと行って悲嘆してなさる。が、嘆きなさるな、お若いの。われわれは一人残らず神の子で、またその神の下僕なのだ。(中略)神の仕事は、神それ自身のように宏大無辺際じゃ。神の仕事はあんたの内部にありますのじゃ。あんたは神のもとへ行って、労働者ではなく、神の息子になりなさい、それであんたは限りない神とその仕事に参加する人間となるだろう。」(pp.146-147)

以上があらすじ。ユリウス、パンフィリウス、医師のやりとりは一人一人が経験する心の中での葛藤を上手く表現していると感じた。特に私には、キリスト教の共同体へ赴かないように説得する医師があげる理由がどれも説得的で、キリスト教徒であったとしても時に心の中に聞こえてくるこの世の賢者の声を代表しているように感じられた。

2016年6月6日月曜日

パネルデータ分析における検定

修士2年なってから少しばかりパネルデータの分析をかじっている。ある先生から社会学でパネルデータを分析する際には様々なモデルの結果を併記して、結果に違いがある場合は種々の検定(e.g. F検定とかLM検定とかハウスマン検定とか)の結果を考慮しつつ、なぜ違いが出たのかも含めて解釈していくのが良いということを聞いた。たしかに社会学者のパネルデータの分析ではプーリングOLS推定、ランダム効果推定、固定効果推定、ハウスマンテイラー推定の結果を併記している論文(e.g. 中澤 2010)がちらほらみられる(ちなみにハウスマンテイラー推定を私はあまり理解していない)。

ただ、社会学者の内部であんまりコンセンサスがないように思われ、別の先生には「基本的に固定効果モデルを使えばよい」と教えられた。実際に検定等に言及をしないで突然特定のモデルを使っている事例を目にすることもあるので卒論・修論のレベルではそれでもゆるされるのかもしれない(おそらくきちんとした手順を紹介されている経済学系の先生からは怒られると思う)。

個人的には、完璧なモデルなどあり得ないので、すべてのモデルを併記して、検定で採択された特定モデルをベースにしながら、棄却された諸モデルとの違いも説明して結果を解釈していくようにする(上記の中澤論文の方法)のが望ましいという結論に至った。今後はスペースがゆるせばそうしたい。

ブログの目的

このブログを開設してから久しく投稿していなかったのですが、これからは日記的に普段考えたことを毎日書いていきます。書くことが求められる環境にいるのですが、なかなか自分の考えを上手く表現できないことがコンプレックスとなりつつあり、少しでも自分の考えを(プレッシャーのない形で)外に出すことで普段の思考の整理につとめられたらと思っております。

基本的にいろんな投稿を予定しています。テーマに一貫性を持たせるつもりもないのですが、アカデミックなことが中心になるかと思います。投稿が一定数に達した時点で事後的に複数テーマごとにまとまりをつくれたら嬉しいです。