2019年12月26日木曜日

『海外で研究者になる』を読んだ

大学院生の間で話題になっていた以下の本を読んだ。




著者の増田先生は東大情報理工学系研究科の准教授を経て(博士号も海外ではなく東大)、イギリスの大学へ移られた方で、海外で研究者として働くことについてご自身の経験を中心に、他に海外で働く十数名の日本人研究者へのインタビューも交えて、解説されている(先生は2019年夏からはイギリスからアメリカの大学に移籍されたようである)。

私が気に入った点は以下3点である。

(1)アメリカ・ヨーロッパに偏っておらず、中国、香港、韓国、シンガポール等の大学で働く日本人研究者の事情も詳しく取材されていること。今後の日本人研究者の活躍場所が日本以外のアジアとなると増田先生がお考えになっているかららしい。

(2)理工系に限らず、人文・社会科学系の研究者の事例も紹介してあること。最初この本が出たときには「理工系だけの事例を集めた本」だという勘違いをしてしまったが、実際に読むと経済学、社会心理学、考古学、演劇学等の社会科学や人文学系の研究者の事例もきちんと取り上げてあった。

(3)日本で博士号を取ってから、ポスドク以降に海外に移り、そのまま現地就職した事例も取り上げていること(そもそも、この本ではこのルートがメインに考えられている)。

私がアメリカの博士課程に出願する前には可能性を考えなかったのだが、この本に取り上げられている諸先輩方のように、日本国内の大学で博士号を取得した後に、ポスドクから日本国外に出るという選択肢もあり得たのかもしれない。もちろん、社会科学系の場合は理工系に比べると研究そのものや博士の学位に地域性がある気がするので壁はより高いかもしれないが、この本でとりあげられている諸事例のように成功例も一定数あり、不可能ではないのだろう。

2019年12月25日水曜日

近況1226:今学期の振り返りとスタートレック

学生のレポート採点と自分のレポート提出を完了し、とうとう冬休みに入った。といっても、この休みの間に終わらなせないといけない仕事がまだあるので完全に休むことはできなさそうだが。。。今学期を振り返る。

1. コースワーク

前にも書いたが、今学期は(1) Migration、(2) Spatial Thinking in Social Science、(3) Statistical Methods for Hierarchical and Panel Data、(4)  Sociology Paper Writing の4つのコースを履修した。特にSpatial Thinkingのコース(メソッドではなく、サブスタンスのコースだったのが良かった)は強く印象に残ったので、すぐに(=博論に)に空間的視点を取り入れられるかは別として、この分野は開拓して行きたいと思う。

6月に2つ目のプレリム試験を受けなければならない。来学期は1つしかコースを履修しない予定なので、残りは研究とプレリム試験準備に使いたい。


2. 研究

ジャーナルDへ投稿して3週間以上過ぎた。掲載率10%程度のトップジャーナルで、万が一これに載せられたらアメリカのアカデミアでの就職も夢ではなくなる(くらいには掲載されるのが夢なジャーナルである)。これまでDはデスクリジェクト率が20%弱だったらしいのだが、それをさらにupさせていくことを新編集長がTwitterにて示唆していたのでここ数日はメールを見るのが少し怖かった。査読されるまでに辿りつければ、2月下旬ごろに結果が返って来る。致命的なミス等が指摘されずにリジェクトされた場合、3月下旬までにIMRに投稿するつもりである。

ワシントンDCで4月にあるアメリカ人口学会(PAA)は二つ出していたのだが、どちらともポスターで通った(オーラルは落ちた)。フィンランドである社会階層論研究会(RC28)はオーラルで通った。発表内容的にはどちらかというと完成しているPAAの方をオーラルで、新しく始めたRC28の方をポスターでやりたかったので逆の結果になって少し残念。

ここ3年間で学会について思うことは、該当学会参加者に認知されているジャーナルに論文がないとネットワーキングしようと思っても相手にしてもらえないということだ。考えてみれば当たり前のことなのだが、とりあえず出せるように頑張りたい。

博論については前にも書いた気がするが二択まで絞った。どちらにするかによってコミティーの選択が変わってくる。再来年(2021年)の4月までにプロポーザルを書いてディフェンスする必要があり、自分の中の目標としては来年(2020年)の夏までにコミティーを確定させ、12月までにディフェンスを終わらせたい。

3. スタートレック

今年に入ってからだが、NetflixでStart Trek Discovery(2017-)を観てから、Star Trek: Enterprise(2001-2005)を全シーズン観て、今はStar Trek: The Next Generation(1987-94)をちょびちょび観ている。Star Trek: The Original Series(1966-69)もシーズン1の途中まで観たのだが、古いこともあって陳腐に感じる設定が多く、途中でやめてしまった(いつか再挑戦するかもしれない)。Star TrekはSFとして面白いだけではなく、ドラマ中のジェンダー・人種の表象や、植民地主義的発想に基づく設定などがシーズンごとに変化していくのはドラマが放映された時代ごとのアメリカ社会を反映しており、アメリカという「帝国」の勉強にもなる。

Big Bang Theoryシリーズの影響もあって元々興味はあった(シェルダンは時々クリンゴン語で話したり、ヴァルカン星人の"Live long and prosper!"という挨拶をしたりする)のだが、自分がここまでハマるのは意外だった。健康なのか不健康なのかわからないが、一日のうち30分くらい現実逃避できるSFやファンタジー世界があることで随分とメンタルが保たれることにも気づいた。

もし興味ある方がいれば最新のDiscoveryからみるのがおすすめ。時代設定ではEnterprise(22世紀)→Discovery(23世紀)→Original Series(23世紀)→New Generation(24世紀)、Deep Space Nine (24世紀)、Voyager(24世紀)となっているようだが、Discoveryからみるのがおすすめ。

4. 本

冬休み中に読もうといくつか研究とは全く関係ない本を買った。一つ目は『岩倉使節団『米欧回覧実記』』(田中彰著)、二つ目は『トマス・アクィナス――理性と神秘』(山本芳久著)。できるだけ積ん読にならないように日本にいる間に読み切りたい。

2019年12月16日月曜日

今年面白かった社会学論文10選(2019)

学生のレポートの採点が残っていてこんなことをしている場合ではないのだが、クリスマス前には終わらせたかったジャーナルDへの投稿も完了し、自分の期末レポート(D3にもなって、3本も書かないといけなかった、、)も終わりが見えてき、明後日から一時帰国に入るので、その前に今年一年で読んで面白かった論文を10選あげておく(順不同)。一年といっても、昔読んだものほど印象が薄れてしまうので、ここ二ヶ月くらいで読んだ論文にバイアスがかかっている。なお、今年僕が読んだ論文で、今年出た論文ということではない。

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Rissing, B. A., & Castilla, E. J. (2014). House of green cards: Statistical or preference-based inequality in the employment of foreign nationals. American Sociological Review, 79(6), 1226-1255.

Auditデータをとてもうまく使って、米国のグリーンカードの審査で起こっている「差別」が「選好による差別」ではなく、「統計的差別」であることをとてもわかりやすく示している。今年になるまでこの論文を知らなかったことは勉強不足としかいいようがない。この論文は移民研究してない人でも絶対面白いので是非読んで欲しい。分析もシンプル。
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Brinton, M. C., & Oh, E. (2019). Babies, Work, or Both? Highly Educated Women’s Employment and Fertility in East Asia. American Journal of Sociology, 125(1), 105-140.

東アジア(日本と韓国)で出産/育児と女性の就労継続が難しいとされる背景を、160人以上のインタビューデータを基に明らかにした社会人口学の論文。人口学で質的データを使った論文は相対的に少ないので貴重な気がする。
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Torche, F. (2018). Prenatal exposure to an acute stressor and children’s cognitive outcomes. Demography, 55(5), 1611-1639.

胎児期に母親が受けるストレスがどのように子どもの出生後の発達に影響を与えるかというのはよく知られていない。この論文ではチリで2005年に発生した地震による母親の被災と、どの胎児期に母親が被災したかのバリエーション(第一、第二胎児期は子どもの発達に大きな影響があるが、第三胎児期は影響が少ないことが知られているらしい)を利用してストレスの影響を分析している。分析の結果、貧困家庭の子どもにおいては第一、第二胎児期に母親がストレスを受けることが7歳時点の学力に負の影響を与えることが示されている。Torcheは日本でも教育社会学界隈ではよく知られているチリ人社会学者である(スタンフォード大教授)。この論文に限らないが、文章をわかりやすく書くのがとてもうまいと思う。
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Catron, P. (2019). The Melting-Pot Problem? The Persistence and Convergence of Premigration Socioeconomic Status During the Age of Mass Migration. Social Forces.

移民の移住前のSES(社会経済的地位)は移住後の移民(1世)とその子ども(2世)の社会経済的地位達成にどう影響するのか?移民の移住前のSES関するデータはなかなか見つけるのが大変だが、Catronは19世紀後半のヨーロッパからアメリカに来た移民(1世)の船の乗客リストの名簿の名前と職業を1910年の国勢調査データの名前にマッチし、さらに1910年に0-18歳だった移民の子ども(2世)の名前を1940年の国勢調査の名前にマッチすることで、この問いに答えられるデータを作成した(Note:当時はヨーロッパからは船でしか来ることができない)。結果、移住前のSESは移住後の移民1世のSESと関連するものの、その子どもの世代にはほぼ関連がなくなるという結論を出している。これは19世紀後半に移住したヨーロッパ移民の「同化」が速く進んだという既存の研究の知見と一致する。この論文は以前に発表を聞いたのだが、最終稿はOnline Firstで出たばかりでちゃんと読めてないので冬休みに熟読したい。
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Logan, J. R., & Martinez, M. J. (2018). The spatial scale and spatial configuration of residential settlement: Measuring segregation in the postbellum South. American Journal of Sociology, 123(4), 1161-1203.

南北戦争後の米南部においては、「白人」と「黒人」のResidential Segregation(居住分離)は北部に比べてとても低かったとされてきた。しかし、これで北部よりも南部の方が「白人」と「黒人」の社会的距離が近かったと結論づけるには問題がある。なぜなら、分離を測るスケールの設定で分離指数は高くもなりし、低くもなるからだ。この研究では1880年の米国の国勢調査の100%データ(ピンポイントで誰がどこに住んでいたかを地図上に再現できる)を用いて家レベルでの居住分離のパターンを明らかにし、最小のスケールで居住分離を測ると先行研究とは全く違うパターンが見えてくることを示している。また居住分離の空間形態(e.g.,「白人」は大通りに面して住み、「黒人」は路地に面して住む)の諸パターンも示されている。とても記述的な論文で、空間分析におけるスケールの大切さを知るためにはとても良い勉強材料だと思う。なお、今学期は筆頭著者のSpatial Thinking in the Social Sciencesという授業を受けて、とても色々考えさせられた。筆頭著者のこのAnnual Review論文は空間分析における空間(space)と場所(place)の違いを考えるのにとても役立つので関心のある方はおすすめである。
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Song, X., Massey, C. G., Rolf, K. A., Ferrie, J. P., Rothbaum, J. L., & Xie, Y. (2019). Long-term decline in intergenerational mobility in the United States since the 1850s. Proceedings of the National Academy of Sciences.

米国の国勢調査と各種社会調査データをマッチさせて、1830年から1980年の出生コホートの世代間職業移動の長期トレンドを示している。農業からの転出を除いて分析すると、相対移動率は150年間で安定しており、いわゆる「FJH仮説」(論文中ではLZ仮説の方が引用されている)を支持している。絶対移動をみると、上昇移動は1900年出生コホートまでは増加するものの、1940年以降は下降している。この論文は、2年前に米国における世代間所得移動の長期トレンドを示してScienceに載ったChetty, Grusky, Hell, Hendren, Manduca and Narang (2017)(あえてet al.を使わない!)の職業版と言えると思う。筆頭著者と最終著者は両者とも大学院からの留学組としてアメリカに来て、様々なハンデを乗り越えながら今のポジションを手に入れて、米国の長期トレンドをクリアに示す重要な論文を、社会学を超えて影響力のあるPNASに載せている。留学生の鏡である。
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Tolnay, S. E., Deane, G., & Beck, E. M. (1996). Vicarious violence: Spatial effects on southern lynchings, 1890-1919. American Journal of Sociology, 102(3), 788-815.

米国では、19世紀末から20世紀初頭にかけて南部でたくさんの黒人がリンチによって殺害された。群(county)レベルの時系列データを使い、リンチが起きると、その後、その郡の近くの郡ではリンチが減少することを示している。推定された「負の効果」はリンチが「熱狂」によるものではなく、社会経済的な目的を持って「計算」されたものだったからだ、と解釈している(この解釈は若干飛躍しているように私は感じている)。1996年の論文で空間ラグモデルを用いているのはアメリカ社会学のすごいところだと思う。
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Legewie, J., & Fagan, J. (2019). Aggressive policing and the educational performance of minority youth. American Sociological Review, 84(2), 220-247.

NYCではOperation Impactという犯罪が起きやすい地区(ビルなどのかなり細かい単位の場合もある)を指定し、その指定地区(Impact Zone)に警察を集中配備する政策を2000年代初頭に実施した。Impact Zone指定地区の指定期間中、警察は職務質問を積極的にすると共に、かなりマイナーな犯罪でも逮捕を積極的にしたとされる。米国に住んでいれば想像はつくが、当然、Central Cityの「黒人」の青少年は警察に差別的に扱われたことが推察される。当論文では、地区間で警察が集中的に配備されたタイミングが異なる(Impact Zoneはかなり頻繁に移動されたようだ)ことを利用して、警察の配備と子どものテストスコアの因果関係を分析している。ちなみにデータは住所と紐づいたNYCの9-15歳(25万人分!)のテストスコアのデータである。分析の結果、Operation ImpactはImpact Zone指定エリアに指定期間中に住んでいる「黒人」の子どもの学力に負の効果があることが示されている。子どもの年齢が高ければ高いほど強い負の効果がある。マルチレベル/パネルデータの授業で文献指定されたのだが、結果が綺麗すぎて少しびっくりした。もう一つびっくりしたのはこの政策の雛形となる政策を実施したのが2001年までNYC市長をつとめたRudy Giuliani氏(現在トランプ大統領の顧問弁護士でウクライナ疑惑の中心人物)であることだった。
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Frye, M. (2017). Cultural meanings and the aggregation of actions: The case of sex and schooling in Malawi. American Sociological Review, 82(5), 945-976.

マラウィにおいて混合研究(高校生のパネル調査&生徒と教師へのインタビュー)を行い、性的関係をもつことと高校中退の関係を「文化」概念を通して明らかにしている。パネルデータからは性的関係の開始と高校中退は関連は認められるものの、高校中退の重要な要因となるはずの欠席、成績、非行はなんら関連が認められない。筆者は生徒や教師との綿密なインタビューやフィールドワークを通して高校教師や生徒の間で性的行為と高校退学が強く結びついて理解されていることを示し、こうした性的関係の開始と高校中退を結びつける「文化」そのものが高校中退の原因になっていると結論づける。この論文は「文化人類学の人口学」(Anthropological Demography)の「文化」(Hammel 1990, Population and Development Review)を量的&質的データ両方を用いて検証可能な形に落とすことに成功した論文のように思う。論文の著者は人口学若手のスター的存在で、「文化」を人口学に取り入れる点では来年夏頃にASRのエディターのOmar Lizardo等と共著でMeasuring Cultureという本が出すらしい。
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Baum-Snow, N. (2007). Did highways cause suburbanization?. The Quarterly Journal of Economics, 122(2), 775-805.

タイトルの通り高速道路の建設が郊外化の原因となったことを示した論文。実際の高速道路の操作変数に国防省が国土防衛のために作成していた高速道路の計画を持ってくるアイデアが斬新だった。なお、これは社会学ではなく、経済学の論文である。Spatial Thinkingのコースワークの課題文献だった。
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Calarco, J. M. (2014). Coached for the classroom: Parents’ cultural transmission and children’s reproduction of educational inequalities. American Sociological Review, 79(5), 1015-1037.

東海岸大都市近郊の小学校のとあるコホート(4学級)を3から5年生までの3年間、学級と家庭で継時的に観察したエスノグラフィ。親が子に教える「クラス内で困った時の適切な振る舞い」が白人労働者階級と白人中産階級で異なることを論じている。前者の親は教師を権威ある存在とみなし、問題があっても教師を煩わせずに自分で解決することを求める。一方、後者の親は教師よりも学歴があることも多く、積極的に教師に助けを求めて解決を目指すように助言する。基本的に教師は中産階級の子がとる行動を肯定的に受け止め、対応をする。著者はペンシルヴァニア大のラローの弟子(現在は既にインディアナ大で教えている)。



以上。2017年に渡米した頃はESR(European Sociological Review)の方がASR、AJS、SFよりも面白く感じていたのだが、最近はASR、AJS、SFの方が面白いと感じるようになってきたので、アメリカに染まってきたんだと思う。