2022年5月4日水曜日

生存報告0504

2022年に入って初めての投稿になってしまった。もう5月ということでとても焦っていてブログを更新しているわけではないのだが、一応、生存報告をしておく。

1月はハワイで1週間ほどのんびりしていたのだが、その後から現在に至るまで怒涛の忙しさだった。全て思い出しきれないのだが、主要イベントしては終始博論執筆のプレッシャーに加え、共著論文投稿(2月)、イェールでの招待レクチャー(2月)、DCでのアパート探しと契約(3月)、アメリカ人口学会(@アトランタ)(4月上旬)、RC28学会(@ロンドン)(4月下旬)、公募へ出願(定期)などがあった。

特にワシントンDCでのアパート探しと契約は本当に色々と大変で、2-3週間ほど、ほぼそれに時間を使ってしまった。いつかまとめて書くかもしれないが、外国人ということで差別されているのではないかという経験もした。もちろん、僕の主観であり、証明しようがないのだが、基本的に現代民主主義社会で移民が経験する差別経験というものは客観的証拠を示しにくい類のものの積み重ねではないかと思う。現在、妻は既にDCに住んでいて、私も今月末にDCに移る予定である。

今年に入って、少し嬉しかったのはいくつか外部機関から賞をいただけたことや、これまで出した研究成果に対してポジティブな問い合わせが来始めたこと。ただ、まだ満足のいく研究成果は出せておらず、なんとかあと2−3年以内に自分でも誇りに思える研究成果を出したいところである。

疲れが出たのか、ロンドンでのRC28学会参加後、大幅に体調を崩してしまい1週間ほど寝込んでいた。ここまで体調を崩したのは2年ぶりくらい。昨日くらいからようやくフルに復活して、再開している。

2021年12月26日日曜日

今年面白かった社会学論文10選(2021年)

2019年2020年と年末に面白かった社会学論文の10選を載せたが、今年も10本の論文を紹介することにした。例年通り、今年私が読んだものの中で、特に「面白い」と感じた10本で、今年出版されたとは限らない。

私の専門フィールドは社会学の中でも移民研究(migration studies)なので、移民研究関係の論文が多い。方法論としては、計量分析、オンライン実験、参与観察、文書分析、インタビュー、フォーカスグループ、歴史社会学的分析(の組み合わせ)となっており、地域としては、米国、ドイツ、ロシア、日本、中国、韓国、台湾となっている(ばらつくように意識したわけではない。)また、紹介の順番に大きな意味はない。

各論文のまとめは、私の視点からまとめたものであり、論文の著者らの強調点とは異なることがある。リンクを貼ったので是非実際の論文自体も読んで頂きたい。


また、論文に対する(主に私の勉強のためにつけた)感想・コメントもそのまま残している。私自身は、以下の論文を書いた先生方の足元にも及ばない無名の博士課程の院生であり、ここに紹介したレベルの論文は一生書けない気がする。よって、本来は偉そうにコメントできる立場ではないのだが、研究者の世界では、自分よりはるかに偉く、実績のある人の素晴らしい研究に対しても、(先行研究に積み上げるために)コメントをすることが求められる。そういう文脈の中で理解して頂きたい。



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Guilbeault, D., Baronchelli, A., & Centola, D. (2021). Experimental evidence for scale-induced category convergence across populations. Nature communications, 12(1), 1-7.


人は未知のモノや現象に出会った時にそれを切り出してカテゴライズする(例:色、親族関係等)。人間の心理・知覚に本能的に備わったカテゴリーがあるという考え方もあり得るが、カテゴライズの仕方は人によって多種多様であり、史上の様々な人口集団のカテゴライズの仕方が比較的に均質であることをうまく説明できない。


この論文では、人のカテゴライズの仕方は多種多様である(=人口サイズが大きければ大きいほど考案されるカテゴリーの多様性は増す)ものの、人口集団の人口サイズが大きくなるにつれて、人口集団内でのカテゴライズの仕方が収束し、人口集団間のカテゴリーも似通っていくということを、1400人の参加者を2人から50人までの複数の人口集団に分割したオンラインでのゲーム実験を使って実証している。なお、実験の設定・内容や細かい前提についてここに書くとあまりにも長くなるので、関心のある方は、元の論文を読んで欲しい。


この論文は、壮大なリサーチクエスチョンをうまく設定し、独特な手法でアプローチしており、とてもとても印象に残った。実験参加者同士はお互いに関する情報を一切与えられていないため、カテゴリー形成に人口集団内・集団間の権力関係が働く現実世界とはかけ離れているのが気になった。しかし、逆にいうと、そういった権力関係がなくても、人口集団間でのカテゴリーは似通っていくということを示唆しているのかもしれない。



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Browning, C. R., Calder, C. A., Boettner, B., Tarrence, J., Khan, K., Soller, B., & Ford, J. L. (2021). Neighborhoods, Activity Spaces, and the Span of Adolescent Exposures. American Sociological Review, 86(2), 201-233.


近隣効果研究(neighborhood effects research)では、物理的に近隣(neighborhood)にいることで、その場所の効果を受けることが仮定されることが多い。しかし、実際にどの程度の時間を人は近隣で過ごしているのであろうか?


本論文では、近隣効果研究の対象となることの特に多い青年期に着目し、オハイオ州コロンブス市在住の11歳から17歳(n=1405)を、1週間(季節は様々)に渡ってGPSで追跡し、本人がつけた行動記録とも付き合わせて空間情報を解析している。平均すると、青年の起床時間のうち、自宅で過ごす時間は60%、近隣(census tract)で過ごす時間は5.7%、自宅・近隣外で過ごす時間は34.3%であった。親所得が低いこと、非白人であること、不利が集積する近隣に居住すること、犯罪が多い近隣に居住すること、学校がない近隣に居住することは、近隣で過ごす時間と負に関連することが明らかになった。なお、この研究の「近隣」の定義であるcensus tractは、通常、4000人程度の人口が住んでいる区画とイメージするとわかりやすい。近隣の定義としてよく米国の研究で用いられている。


3年くらい前に第一著者の先生が所属大学のセミナーにきてこの論文の発表をしていた。実はその際には強い印象に残らなかったのだが、出版された論文を読んでみて、問題設定の書き方が面白いと思った。また、不利な近隣に住む子どもは一日の中で家で過ごす時間を長くするか、近隣の外に出やすいという知見は、近隣効果研究で観察される「近隣」効果の解釈にも影響を与えうるのではないか。なお、自宅と近隣を明確に区別していることは気になった。近隣効果研究では「自宅」と「近隣」の区別をここまで強くしているだろうか?



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Lersch, P. M., Schulz, W., & Leckie, G. (2020). The variability of occupational attainment: How prestige trajectories diversified within birth cohorts over the twentieth century. American Sociological Review, 85(6), 1084-1116.


世代内職業移動のコホート間の経験の相違を、コホート内格差に着目して、西ドイツで1919年-1979年に出生した人口のパネルデータを用いて研究している。具体的には成長曲線モデルを推定して、職業威信スコアの入職時(entry)のコホート内分散、同スコアの軌跡(growth)のコホート内分散同スコアの不安定さ(fluctuation)のコホート内分散を分析する。雇用関係が固定化されていた1950-60年代に入職したコホートでは、入職時、入職後の軌跡ともに威信スコアのコホート内分散が小さい一方、それ以前とそれ以降に入職したコホートでは入職時や軌跡の分散も大きいという知見を見出している。

この論文は、内容というより、手法の用い方・解釈の仕方が印象に残った。社会学でよくみるマルチレベル分析を使用した論文(この論文の「成長曲線モデル」もマルチレベルモデルの一種である)では、(実は)固定効果に主な理論的関心があることがほとんどで、わざわざマルチレベルモデルを推定しなくても良い(クラスタロバスト標準誤差を計算すればよい)のではないかと思うことが(私自身の研究に対する自省も含め)しばしばある。一方、この論文では関心は変量効果にあり、固定効果にはほぼ関心がなく、Online Appendixにまわされている。また、解釈しやすいコホートごとの切片の変量効果(威信スコアの入職時点のコホート内分散)、時間(スプライン)係数の変量効果(威信スコアの軌跡のコホート内分散)とともに、残差分散を”fluctuation variability”(不安定さの分散?変動の分散?)として積極的に解釈しているのも印象に残った。このような残差の解釈は、アウトカムが職業威信スコアだと成り立つだろうが、例えば身長のような強い連続性が理論的に仮定されるアウトカムの場合は解釈が難しくなる気がした。



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Liu, J. M. (2021). From “Sea Turtles” to “Grassroots Ambassadors”: The Chinese Politics of Outbound Student Migration. International Migration Review, 1-25. Advance Online Publication. doi: 10.1177/01979183211046572


移民研究では留学生の研究が盛んになっているが、受入国(欧米日)における留学生受容に着目した先行研究がほとんどであり、送出国側に焦点を当てた研究は少なかった。この論文では、世界最大の留学生送出国である中華人民共和国からの留学生を、1)政策文書の分析、2)中国政府主催の各種留学生向け宿泊付イベントでの参与観察、3)地方官僚と留学生へのインタビューという三つの手法を用いて研究している。


数ある主要な知見の一つとして、政府レベルの留学生政策は海外への留学生とその留学生の帰国を「海亀」("sea turtles")とみて経済・政治発展の要とする見方から、「草の根の外交官(民間大使)」("grassroots ambasadors")として地政学的な価値を強調するものに変わっていったことが指摘されている。しかし、留学生の帰国を促して省や市レベルの経済発展を重視する地方官僚や、欧米の価値観に触れた留学生の間では政府の意図が冷めて受け止められている。


「移民」としての中国人留学生は欧米だけでなく、日本の移民研究者の間でも注目を集めているが、この論文はそういった日本や欧米の先行研究を送出国側の視点から補完する論文として、とてもうまく位置付けられていた。膨らませれば一冊の本になるレベルだと思うのだが、それを一つの論文として非常に簡潔にまとめているのも、読む側からすると有難いことである。



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Gerber, T. P., & van Landingham, M. E. (2021). Ties That Remind: Known Family Connections to Past Events as Salience Cues and Collective Memory of Stalin’s Repressions of the 1930s in Contemporary Russia. American Sociological Review, 86(4), 639-669.


家族内では世代間で様々な記憶が継承される。社会の「集合的記憶」も家族によって伝達されているのだろうか?論文では、ソ連のスターリンによる大粛清に関する集合的記憶をケースとして、フォーカスグループでのインタビュー及びロシア全国に代表性のある質問紙調査の分析によって、この問題に答えようとする。


著者らは、先行研究とフォーカスグループから、回答者が大粛清に関して、1)認知していること(大粛清があったことを知っている)、2)正確な知識を持っていること(犠牲者数のスケールを把握している)、3)個人的に重要な問題だと考えていること、4)道徳的に重要な問題だと考えていること、を区別できる質問紙調査設計をしている。分析の結果、スターリンによって粛清された親族がいることは、全てのタイプの大粛清の記憶に関して、強い正の関連を示した。また、この強い正の関連は子供の頃に家族内で大粛清について話した経験をコントロールした上でも残るため、家族内での記憶の伝達というメカニズムの他に、親族が被害に遭うということ自体が、記憶を顕在化させることを示唆している。


本論文は、分析手法の細かいところは(少しネガティブな意味で)気になるところが多かったのだが、とにかくイントロと理論の書き方がうまく、読んでいてワクワクした。アメリカ以外では中国や西ヨーロッパががASRでよく取り上げられるが、ロシアが取り上げられることは少なく、コンテキストに関する記述(例:プーチンとメドベージェフのスターリンに対する扱いの違い)も面白かった。私もこういう優れたイントロと先行研究レビューが書けるようになれば、ASRいけるのかもしれない(いけない...)



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Hauer, M. E., Holloway, S. R., & Oda, T. (2020). Evacuees and Migrants Exhibit Different Migration Systems After the Great East Japan Earthquake and Tsunami. Demography57(4), 1437-1457.


移住システム論では、既存の人(例:親戚)や組織(例:企業)のネットワークの中で人が移動するため、ある地点から別の地点への移住の流れが出来上がるとその流れは安定的に継続するとされる。では大規模な災害が発生した時に既存の移住システムはどうなるのであろうか?


著者らは東日本大震災前後(2004-2016年)の日本の都道府県間の年ごとの人口移動のパターンを分析することでこの問題に対する答えを出す。住民基本台帳をベースにした人口統計の分析の結果、大震災前後では東北の被災県からの「移住者」(migrants)(別の県に住民票を移す人たち)の絶対数は大幅に増加するものの、移住先の選択パターン(例:福島県からの移住者が各都道府県を選ぶ確率)に大きな変化はなく、安定していることがわかった。ただし、住民基本台帳とは別に記録される「避難民」(evacuees)に関しては既存の移住システムとは統計的に有意に大きく異なる移住先の選択パターンを示し、近隣の県への移動が目立った。


被災地からの人口流出の絶対量は増えるものの、「移住者」の移動先の選択パターンは東日本大震災前後で大きく異ならなかったという点がとても面白いと思った。逆に、「避難民」が「移住者」と異なり隣接県への移住を選択する確率が高いというのは、当たり前に思えた。ただ、もちろん、理論的には大事だと思う。なお、方法はとても記述的で、各被災県から他都道府県への移住確率の各年間の「類似度」をHellinger distance (H)に換算して検定しているため、回帰分析が一切出てこない。こういう記述的な分析はとても好きなのだが、Hへの変換とその後の検定のテクニカルな部分の移民研究への応用や諸問題についてもう少し詳しい議論が欲しかった。


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Lee, C., & Suh, M. (2017). State building and religion: Explaining the diverged path of religious change in Taiwan and South Korea, 1950–1980. American Journal of Sociology, 123(2), 465-509.


東アジアの中で、なぜ韓国だけキリスト教人口比率が圧倒的に高いのか?この問題に対して、著者らは韓国のキリスト教に関する先行研究をレビューした上で、韓国の歴史を宗教・歴史社会学の諸理論から再考することで答えを見出そうとする。著者らの第一の主張は台湾と韓国の比較可能性である。台湾と韓国は共に日本による植民地化を経験するとともに、1950年代に中国大陸/北朝鮮からのキリスト教関係者を多く含む人口の流入を経験し、アメリカとの良好な関係・反共・プロテスタントの大統領(蒋介石/李承晩)というコンテクストの中で、1950-60年代前半は同程度のキリスト教人口の伸長を経験した。


しかし、1960年代以降、韓国ではキリスト教がさらに伸長したのに対し、台湾では伸長することはなく、この時期の両国の違いに答えがあるはずである。論文では、経済、宗教の三者の関係性の変化が先行研究で見落とされてきたことが指摘され、台湾と対照的だった韓国の朴正煕政権(1963-1979)の中央集権的な産業政策、政権による積極的なキリスト教(と仏教)の奨励・伝統宗教の冷遇を限定的な答えとしている。


韓国のキリスト教を台湾のキリスト教と比較するという視点が(私にとっては)新鮮、かつ納得のいくものだった。論文中の議論は多少拡散してフォローしにくく、結論も完全な納得というものではなかったが、私が歴史社会学の論文を読み慣れていないだけだからかもしれない。本来は分厚い本としてまとめた方が良い内容な気がする。韓国ではプロテスタントだけでなく、仏教も同時期に伸長したという指摘も面白かった。韓国内の地域間のキリスト教人口比率の分散を利用して、さらに細かく著者らの議論を検証していけばより面白いのではないかとも思った。


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Abramitzky, R., Boustan, L., Jácome, E., & Pérez, S. (2021). Intergenerational mobility of immigrants in the United States over two centuries. American Economic Review, 111(2), 580-608.


米国の過去2世紀にわたる、移民-移民の子ども、米国出生者-米国出生者の子どもの所得の世代間移動の趨勢を、数百万件の父-子のペアデータを使って、分析している。具体的には、国勢調査の1880年(父)-1910年(子)のペア、1910年(父)-1940年(子)のペア、General Social Surveyの1984年(父)-2006年(子)のペア、Opportunity Insightの1997年(父)-2015年(子)のペアデータを作成し、父の所得のランクに対する、子の所得のランクを分析している。。


結果として、どの時代においても、(ほぼ)どの出身国でも、移民の子どもは、米国出生者の子どもと比較して、より強い、所得ランクの上昇移動を経験していることがわかった。移民の子どもの米国出生者の子どもに対するアドバンテージは過去2世紀に渡って安定してしており、特に父所得が下位の移民の子どもの間で強い。こうした移民の子どものアドバンテージは、移民の親の居住地選択(子どもの上昇移動が可能な地域に移民が居住しやすいこと)によって部分的に説明される。


この論文は、社会学の論文ではなくて、経済学のジャーナル所収の論文なのだが、ディシプリンを問わず、今後の米国の移民研究全体に重大な影響を持つであろうことから、ここに残しておく。数年前からワーキングペーパーとしては出回っていて、実は1年前にも読んだことはあったのだが、ついにAERに掲載された。著者のスタンフォードのアブラミツキーとプリンストンのブースタンは、著名な移民研究者であると共に、米国国勢調査を氏名と年齢情報を使って紐付ける体系的な手法を考案して、方法やデータを公開していることでも有名である。



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Potochnick, S., & Hall, M. (2021). US Occupational Mobility of Children of Immigrants Based on Parents' Origin-Country Occupation. Demography, 58(1), 219-245.


米国の研究では、出身国による差異はあるものの、移民の子どもは、同レベルの社会経済的地位の米国出生・非ヒスパニック系白人の親を持つ子と比較した際に、職業的地位の上昇移動を経験する傾向にあることが数々の研究で指摘されている。こうした知見を生み出したこれまでの研究では、主にデータの制約から、移民の親の米国での職業と、その子どもの職業の連関を分析をしてきた。しかし、移民の親(移民1世)の職業的地位は移住前と移住後で大きく異なること(例:出身国では医師で、米国ではタクシー運転手)が知られており、本来ならば移民一世の移住前の職業をも分析で考慮に入れる必要がある。


著者らはEducational Longitudinal Studyの移住前の親職業の情報を再コーディングすることで、この問題を解決し、再分析を行った。分析結果としては、移住前に高い職業的地位だったが、移住後に低い職業的地位についた移民親の子どもは、米国で高い職業的地位についており、親の出身国での職業的地位を「回復」している傾向がみられた。


この論文は私の関心ともかなり近く、とても気に入った。著者らも述べていることだが、親が移住前に低い職業的地位で、移住後にも低い職業的地位の子どもも、ネイティブ人口と比較すると高い上昇移動をすることも分析で確認されており、職業的地位の「回復」のストーリーだけでは移民の社会移動における有利さを説明することはできないという点は付記しておく必要がある。また、実際には出身国で初職を経験する前に渡米している移民親(例:大学進学で渡米し、職を見つけて、定住)が多いため、親が初職を経験した後に米国へ移動した人口とその子どもに関する研究であることはより強調されるべきだと思った。



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Feliciano, C., & Rumbaut, R. G. (2020). Coming of age before the great expulsion: the story of the CILS-San Diego sample 25 years later. Ethnic and Racial Studies, 43(1), 199-217.


CILS(正式名称:Children of Immigrants Longitudinal Study)は、学術的に絶大な影響力のあった米国の移民の子どものパネル調査(1992年、1995年、2001年)である。この論文では、1992年の最初の調査から(ほぼ)25年後の2016年に行われたサンディエゴサンプルの追跡調査の結果を基に、CILSの移民の子どもの「その後」(2016年には平均37歳)に対して、インタビュー調査と質問紙調査をしている。


主要な結論として、52.7%が大卒以上となっており、この大卒以上の者のうち、70%以上がカリフォルニアの公立大学を卒業し、95%がミドルクラス的職業についていた。また、全体の69%が自分自身をアメリカのメインストリームの構成員と考えており、移民の子どもの「その後」は良好なものであることが、インタビューデータとともに報告、解釈されている


論文では言及されていないが、CILSは、アルハンドロ・ポルテスらのグループと、リチャード・アルバらのグループで、移民の子どもの将来をめぐって一大論争(例えばこの論文に対するコメントリプライ)を引き起こした調査でもある。どちらかというと、アルバらの予想していた(移民の子どもの将来はとても明るいという)未来に近い結果になっている(と私は思う。)この論文の著者らは移民の子どもの上昇移動を1990年代-2000年代初頭のカリフォルニアの移民受け入れの文脈に還元して説明し、今後、移民にとって状況が悪くなるかもしれないことを示唆することで、過去のポルテスとアルバの論争に関して強い結論を出すことを避けているようにも読めた。また、アメリカの教育重視の公立大学(例:カリフォルニア州立大学システム)が移民の社会移動に果たす役割はとても大きいことは日本の今後を考える上でも重要かもしれない。なお、特集論文である。




2021年11月26日金曜日

近況: 30歳になった

かなり久しぶりの更新となってしまった。8月の近況報告では5〜7月の3ヶ月の日本滞在(自分自身の結婚式)を経て、アメリカに戻ってきた報告をしたが、実は10月後半から11月上旬まで再度日本に短い帰国をしており、先々週、再びアメリカに戻ってきた。主な目的は実妹の結婚式出席で、その他にも、前回の帰国中にできなかった用事をいくつか済ませてきた。去年の夏から既に4回日本と米国東海岸を往復しており、コロナ禍、「なかなか頑張った」と自分で自分のことを褒めてあげたいと思う。日本再入国と自主隔離の達人になりつつある。

さて、もう2ヶ月以上前の話になってしまったが、ついに30歳になった。20歳になった時の心境をつい昨日のように覚えているので、本当の本当に時間が経つのが早い。このままだと40歳もすぐに来るのだろうと思う。

留学を始めた頃から、ざっくりと5年程度のスパンで具体的な目標を立て、それを言語化し、大学院生活の中で小さな判断をする時に参照してきた。2017年PhD課程入学時の目標は1)コースワークをサバイブしてPh.D. Candidate(博士候補)になること、2)International Migration ReviewJournal of Ethnic and Migration Studiesに筆頭論文を掲載することの2つだったのだが、1年早く達成できた。次は35歳までの今後5年間で実現したいキャリア上の目標を以下に記しておく。

5年間(2022-2026年)のキャリア上の目標:

・博士論文を完成させ、Ph.D.を取得する

・博論後の長期的研究(10年)を具体的に始動させる

心から*80%満足のいく筆頭論文を1本書く

・筆頭論文を3本出し、うち1本はSocial ForcesSocial ProblemsDemographyのどれかに掲載する

・世界のどこか(できれば北米か日本)でテニュアトラックの助教になる

もちろん、上記は研究者(社会学/人口学者)としてのキャリアを続けているという前提がある。研究者でない道を歩むことになった場合はその時に全く異なる5年目標を考えたいと思う。

最後に。上記、目標を書いたが、30歳までに教えられたことは、研究や職位やお金や人間関係等の自己実現からくるいかなる「成果」にも自分の存在価値を見出すべきではないということである。「成果」は大切で、ないよりはあった方が良いものだろうが、自分の存在価値は神から無条件に赦され、価値のあるものとみなされているというところに由来している。この事実を日々の生活の中ですぐに忘れ、「成果」に存在価値を求めようとして不安になる時がこれからも度々あると思うのだが、定期的に思い出し、心に留めるようにしたい。

*追記:心から満足のいく論文を書こうとすると一生論文が書けない気がするので、精一杯頑張って、心から80%満足することで妥協するようにしたい。

2021年8月24日火曜日

近況0824:(来年の)就活に向けての準備開始

アメリカに戻ってきて1週間が経ち、時差ボケもだいぶよくなってきた。数日前から本格的にジョブマーケットペーパー(博論の主要な3章のうち、一番売り出すペーパー)の執筆を再開したのだが、データハンドリングのミスに気づいたり、フレーミングを大幅に変更した方が良いのではないか(今のままでは指導教員に認められないのではないか?)という気がしてきて、色々と苦しんでいる。

博論執筆(2022年冬提出、2023年春修了予定)と並行して、来年秋頃から本格的に始まる就職活動の準備にも入った。結婚したこともあり、独身の頃の目標(=研究者としての就職)を追うだけでなく、その他の選択肢(=国際機関や民間企業の事務職)も並行して考えなければならないことは自覚しているが、妻の理解もあるので、来年の就活では研究者として生き残るという目標を優先して考えていく方向性。

準備の一環として、米国博士就活あるあるの、ホームページを作った(検索上位にあげるために、一度アクセスしていただけるととても嬉しい):

www.tatekihara.com

大学が院生の就活のために一括契約していて、(ブラウンに在籍している間は)無料なのはちょっと助かった。初WordPressで、慣れるまで2-3日かかったが、自分自身をジョブマーケットどうアピールするかを考え始めるきっかけになった。まだ十分に自分のことをアピールできるものになっていない気がしているので、今後、指導教員や同期のアドバイスも受けてブラッシュアップするつもり。

また、来年、自分が応募できそうなポスドクのリストアップを始めたり、仕事の条件を考えははじめている。ポスドクだと、1)任期が2年以上、2) 年俸が現在と同等かそれ以上、3) 自分自身の研究に割ける時間が週2日以上、4)ロケーションが東アジア(日本含む)、アメリカ・カナダ、5)職場内の公用語が英語か日本語、というのが今のところの理想ではある。

現在リストアップしているものだと、一番早い公募の締め切りが2022年の6月ごろになると思うので、とりあえずそれまでに博論をできるだけ完成に近い状態に持っていきたい。

2021年8月6日金曜日

近況0806:結婚、博論進捗、アクセプト×2、リジェクト×1

またブログを更新してから2ヶ月近くが経ったので更新しておく。なお、前回の投稿で一時帰国しているという報告をしたが、まだ日本に滞在中である。再来週アメリカに戻る予定。とりあえず、この半年はこれまでの29年間の人生で最高レベルの忙しさで、時間が経つのが一瞬に感じられる。

結婚

パーソナルなことなのであまり詳しくは書かないが、結婚をした。相手は遠距離で4年間ほど付き合ってきた方で、この後もしばらくは遠距離での結婚生活が続く予定である。今回の長期帰国の唯一の目的は結婚だったので、無事に結婚できてホッとしている。

博論進捗

結婚関連準備や後述のR&Rで忙殺されており、博士論文の進捗が予定より大幅に遅れている。とりあえず9月中旬のPAAの締め切りまでは博論の2章のドラフトを完成させるために頑張るつもりだ。さまざまな事情があって、来年夏までの博士論文の完成を目指している。

論文2本アクセプト

数週間前のことになるが、3rd R&RとR&Rから再投稿していた論文それぞれが無事にアクセプトされた。どちらも単著で、一つは米国、もう一つは欧州ベース(イギリス)のジャーナルに掲載予定である。3rd R&Rの方はエディターの丁寧さと、時間のかけ方と、細かさに本当に驚かされた。レビュワー三人が1年かけてアクセプトの判断をした後、そこからさらに半年以上2回にわたって細かい表現レベルの修正を要求してくるのは有難いことでもあるが、精神的に疲弊させられた。

基本的にはどちらも「トップフィールドジャーナル」とみなされるジャーナルなので、来年秋から始まるポスドクのジョブマーケットでは一定の戦いはできそう。ただ、就活戦線が厳しい中、米国の助教授(AP)のジョブマーケットに参戦できるかは微妙で、あと1年の間にソロあるいはファーストで、トップ総合ジャーナル(SF/SP以上)でR&R以上を取るか、または、もう1本トップフィールドに掲載決定するくらいしないと書類選考さえも厳しい気がしている(ただ、一応、トライだけはするつもりではある)。

なお、投稿していた3本目の論文はリジェクト(2回目)され、こちらは2021年後半戦でR&Rを目指していきたいところ。。。

とりあえず、以上が近況となる。

2021年6月9日水曜日

近況0609:博士候補、研究関連、ワクチン、一時帰国

 更新が途絶えてしまっていた。先輩から生存確認メールが来たので、近況を記しておく。


1. 博士候補資格の取得

先月、正式に博士候補の認定を受けることができ、無事に9月から博士5年目に進むことになった。また今月からは博士候補(Ph.D. Candidate)と名乗ることができるようにもなった。あとは博士論文を書くだけである。

2. 研究関連

再々投稿していた論文Aは3rd R&R(修正再々々査読)の返事がきた。Aは投稿してからもうすぐ2年になるのだが、まだまだかかりそうな予感がする。4月に新規投稿した論文Bは1回目のR&R(修正再査読)がきた(投稿してから2ヶ月ととても速かった)。3月に新規投稿した論文Cはまだ査読中のようだ。とりあえずどちらも早く査読対応を済ませたい。

Aは査読期間が長い(投稿から決定まで1.5-2.5年程度)ジャーナルX(米国系)、Bは査読が非常に速い(1年未満)ジャーナルY(欧州系)に投稿している。米国の社会学のアカデミックジョブマーケットでは一応X≧Yという評価になっているというのはよく言われることだが、実際にはそれほど大きく評価は変わらなく、欧州ではむしろY ≧Xらしい。博士後半戦やポスドクのタイムリミットがある時にはXに投稿するインセンティブがかなり低くなる気がした。XとYでクオリティが大きく違うかと言われるとそんなことはない気がしている。

3. ワクチン

前回3月の投稿から数週間後に大統領主導でワクチンの年齢制限の撤廃が早まり、4月末と5月上旬に無事にPfizerの1回目と2回目のワクチンを受けてきた。油断はできないが、安心感はとても高まった。

4.  一時帰国

帰国しなければならない事情があり、5月末から日本に一時帰国をしている。金曜日に隔離が終わり、現在は実家のある関西にいる。今回の帰国に当たっては日本側の対応が厳しくなっており、日本政府指定様式*の陰性証明書を用意することになった。

*厳密にいうと指定様式でなくてもOKらしいのだが、指定様式ではないと航空会社の自主判断で搭乗を拒否される可能性が高いということを航空会社に強く言われたので指定様式を用意した。実際に政府指定様式を持たない者の搭乗拒否日本国籍保有者の日本からの強制送還(!!)という事例も先月は確認されている。これから緩和されるかもしれない。

日本政府の指定する検査方法をとる病院がなかなか見つからず、困った挙句にダメ元でロードアイランド州の保健局にメールをしたところ、素晴らしく柔軟な対応で、私(と一緒に帰国したブラウンの日本人の友人)のために日本政府の求める形式の検査を実施し、陰性証明書類も無料で作成していただけた。日本政府指定様式は日本らしく印章(ハンコ)も求めてくるのだが、ロードアイランド保健局の医者同席で公証人手続きをして、日本政府指定様式に公証人の印を押していただくことで解決した。担当してくださったロードアイランド州の役人さんは日本に興味があるらしく、ハンコ等の日本の文化も好きなようだったのが、救いだった。「なぜ日本はワクチン接種が少ないのに、あんなに感染者数が少ないのか?」という質問を電話越しで聞かれたのだが、うまい答えを見つけられなかった。

2021年3月29日月曜日

近況0329:研究の進捗、ワクチン、スキー旅行等

1. 研究の進捗

久しぶりに近況をupdateしておく。まずは博論だが、来週の火曜日に博論プロポーザルディフェンスがある。とりあえず、博論審査コミティーの先生方4名には現在の方向性で承認が得れたので、博士候補資格の取得は発表でよほどの問題が発覚しない限り、大きな問題ないはずである。

博論自体の進捗だが、第1章の執筆が完了し、現在は第3章で使うデータセットの作成中である。説明すると面倒くさいのだが、第3章は4つのデータをかなりめんどくさい方法で組み合わせる必要があり、今日も家にこもってコードを書いていた。まだまだかかりそうだし、データを作ってもうまくいくかは不明なので忍耐が必要である。

難しいかもしれないが、目標としては2022年5月までに全ての章を書き上げたい。修了予定は2023年5月だが、2022年6月からは就活(米国、カナダ、香港、台湾、日本等のポスドクと民間企業で応募できるところはどこでも応募すると思う。)にあてる予定なので、博論に時間が割けなくなるだろうからだ。あとは、就職してしまうと研究ができなくなる(特にアカデミアの外で就職した場合)と思われるので、修了までに博論関係の論文は全て投稿しておきたいと考えている。

その他、諸々の投稿論文や校正等、出さなければならないものは大体出した。唯一の心残りはSocial Science History Associationの年次大会に論文が間に合わなくて出せなかったことである。9月締め切りのPAA2022の年次大会でのアクセプトを目指すという目標に切り替える。

2. コロナワクチン

アメリカでは1日に200万人というすごいスピードでワクチン接種が進んでおり、他の州の博士課程に留学している日本人の友人からはワクチンを既に打ったという話もちらほら聞く。ただ、州によってワクチン接種のスピードや優先度の付け方が大きく違い、ロードアイランド州に住む私はまだワクチンを予約できない。

既にワクチンを打てている友人が住む州は、大学教員(博士課程の院生もこのカテゴリに入る)を優先接種しているらしい。残念なことに(見方を変えれば公平とも言えるのだが)、ロードアイランド州は比較的厳格に1)年齢階級と2)既往症の有無で接種の優先順位が決められており、1)16歳-29歳、2)既往症無しの私は、優先順位がもっとも低いグループにいる。あと1ヶ月は待つ必要がありそうである。

3. 機械式時計

前回の投稿で、機械式時計について調べることハマっていると書いたが、とうとう初の機械式時計を購入した。予定していたラバーバンドでダイヤルがマットブラウンのSEIKOのSPB147ではなく、ダイヤルがグレーのSPB143(日本での型番SBDC101)にした。この時計はアメリカではヒット中で、ファンが作成したくさんのレビュー動画が数多く上がっているのだが、その中で特にこれに影響された。今のところは支払った金額(1200ドル)以上の価値は十分にあったと感じている。

SPB143の中のムーブメントはSEIKOの6R35で、70時間のパワーリザーブ、秒針停止機能、日付表示機能を持つ比較的新しいムーブメントである。SEIKOが保証している精度は一日-15秒から+25秒で、自分の所持しているものに限っていえば1日に+8-10秒時間がずれる。30秒以上ずれ始めると気になるので、4日に1回時間をあわせるという手間がかかるのだが、時間を合わせたり、時計のずれを毎日調べることが研究の気晴らしになってとても良い。あと、ダイバーズ時計の回転ベゼルは日常生活の中でとても役に立つ。回し心地もとても良く、時計とのインターラクションがストレスの発散になる。

SPB143

30代に入ったら(30までもう1年を切っている!!)、より高精度のムーブメントを搭載した時計が欲しいので、パーマネントの仕事にありつけるように頑張ろうと思う。

4. スキー旅行

コロナの制限も緩和され、ルームメイトやその同僚とスキー小旅行に行ってきた。まだ筋肉痛に苦しんでいるが、良いストレス解消になった。残念なのは今週から暖かくなったので、もう11月までいけないことである。

4年ぶりだったので、とりあえず中級スロープまでにしておいた。