2022年9月9日金曜日

"Gilead" by Marilynne Robinson (マリリン・ロビンソン著『ギレアド』)

博論用の9GBのデータのダウンロードを待っている間に、Marilynne Robinson著の"Gilead"という小説の紹介を書いておく。2004年にピューリッツアー賞(フィクション部門)と全米批評家協会賞を受賞しており、ミチコ・カクタニ氏のNYTでの分析によれば大統領就任前のオバマ大統領の人間観に影響を与えた本の一つらしい。日本語でも翻訳が出ているとのこと。

いわゆる"Epistolary novel"(書簡体小説)で、老牧師John Ames(70代)が心臓の病気で余命宣告を受け、後妻との間にできた幼い子ども(が大人になった時に読むために)に書き残す何十通もの手紙という形式をとっている。時代設定は1950年代の米国中西部アイオワ州にある架空の町Gilead。

手紙をまとめた設定のため明確な章区分はなく、順序だって書かれていないので、ストーリーの展開を説明するのはかなり難しい。テーマとしては、家族の信仰継承と挫折、親友との友情(と親友の息子がもたらした悲しみ)が軸だが、それに加えて、寂れゆく中西部の田舎町Gileadでの日常がAmesの視点から断続的に描かれていく。老牧師John Amesは代々続く牧師の家系であるという設定がとても重要であり、牧師だった祖父(19世紀初頭生まれ)と父(19世半ば生まれ)の話を息子に書き残すことで、アンテベラム(南北戦争に至る時代)から冷戦に至るまでのアメリカの近現代史が背景としてうまく織り込まれている。手紙にはAmesを取り巻く様々な人物の話も登場するのだが、父から息子への手紙という一方向の書き方ながら、それぞれの人物の設定がとてもリアルに、細緻に、描写されている。

読後に調べたところ、アメリカにおけるカルヴィニズムへの肯定的な再解釈を試みている宗教的小説という評価があるようで、実際に文学系の学術論文でも既にそういう議論がなされているようであった。確かに老牧師John Amesは会衆派の牧師、親友のBoughtonも長老派の設定であり、本の中でも度々"Institutions"(『キリスト教綱要』)が言及されている。私がこの本を読むきっかけになったのもブラウン大のプロテスタントの大学院生のグループの読書会で取り上げられたからで、夏に週1でZoomであってみんなで感想を話し合うのは楽しかった。ただ、ピューリッツアー賞受賞していることからもわかる通り、宗教的背景が一切なくても、凝った小説として楽しめるように思う。

ちなみに私はAmazon Audibleを使って全て散歩中に耳でこの本を「読んだ」。特にこの本は手紙調なので適していると思う。英語に抵抗がない方にはおすすめの楽しみ方である。耳にも心にも頭にも響いた小説であった。シリーズとして続編も出ており、先週から"Home"をAudibleで散歩中に「読んで」いるところである。