2017年7月10日月曜日

社会学PhD出願の記録(1)-米国におけるPhD課程とMA課程の違い-


1. 前置き


アメリカのPhD課程への出願についてまだ記憶に残っているうちに情報を書き残していきたいと思う。というのも、自分が出願するにあたり一番困ったことは情報の少なさであったからだ。日本から社会学でPhD留学している先輩はあまりおらず、留学が主流になってきている経済学や政治学専攻の友人や北京大学等の中国のトップ大学からPhDに進学した中国人の友人の情報に頼るしかなかった。やはり同じ境遇の人や出願に関してインフォーマルな情報(大学公式ホームページには載っていない出願に関する情報)が入手できるサイトが欲しかった。

出願についてはできるだけ個別の質問等にも答えたいと思うので、私の連絡先とプロフィールについては経歴ページをご覧いただきたい。なお、以下は基本的に2017年のアメリカの社会学(Sociology)の大学院についての記述である。イギリス、カナダや大陸欧州への出願は少し事情が異なってくる。さらにいうと、理系の専攻は全然違うだろうし、同じ社会科学系でも経済学も違うと思う。ただ、日本と違って、アメリカでは社会学と政治学が比較的近い関係にあり、政治学で大学院に出願されたい方には少しは参考になるかもしれない。記述には正確であることを心がけているが、私の思い込みや不勉強による間違いがあるかもしれない。しっかりと自分でも事実関係を確認してほしい。


2. アメリカの大学院の課程の違いについて-PhD課程とMA課程のどちらに出すか?-


色々と細かいことについて書く前に、誤解の多いアメリカにおけるPhD課程とMA課程の違いについて説明しておきたい。どちらに出すか? 結論からいうと、大学での研究者を目指す場合、可能ならばPhD課程の方が良い私もPhD中心に出願し、MAはPhDに落ちた場合の滑り止めにしたアメリカのPhDにはBA(学士号)さえあれば出願できるので、これはこのブログを読んでいる読者が学部生でも修士課程の院生でも博士課程の院生でも同じである。

アメリカの大学院の修士課程(MA課程)と博士課程(PhD課程)の関係は、日本におけるそれと少し異なっている。日本では2年間の修士課程の後に3年間(というのは建前で実際は5-8年かかる)の博士課程が存在するが、アメリカの社会学大学院は博士課程は博士課程として5年あり、修士課程は修士課程で独立している(と考えるとわかりやすい)。


上図:社会学の大学院プログラムの日米の違いのイメージ
そもそもアメリカの上位R1大学(注1)の社会学専攻の大学院の多くは5年一貫制のPhD課程しか置いておらず、学部卒業後(BA取得後)すぐにPhD課程に応募することが可能である(修士号は必要ない!)。PhD課程においては2-3年目に付与される途中経過の学位としての修士号(MA)を取得可能な大学院が多いが、PhD課程はあくまでPhDまでとることが前提なので、MAを取得後に大学院を去ることは想定されていないし、MAを付与しないところもあるようである。つまり、アメリカのPhD課程においてはPhDをとるおまけとしてMAがついてくる場合もある、という程度である。

もちろん、数は少ないが、PhD課程と並立して、またはPhD課程は持たずに、独立したMA課程が存在する大学院もある。例えばコロンビア大学大学院では社会学研究科において、PhD課程からは独立したMA課程が存在する。このようなPhD課程から独立したMA課程はTerminal MAと呼ばれ、PhD課程とは異なって研究者養成を目的とせず、MA取得後は就職する人が多い。研究者を目指すことがはっきりしており、かつ合格することが可能であるならば、学部卒ですぐにPhD課程に出願するのが最善の選択ということになる。

PhD課程とTerminal MA課程の違いは、受給可能な経済的サポートに如実に現れる。アメリカの上位R1大学の大学院のPhD課程は基本的には入学者全員に5年間の経済的なサポートを行う。学費は免除になり、大学のお金で医療保険に加入してもらえ、TA/RAと引き換えに毎月の生活費(給料)が支払われる。よって、PhD課程の間に付与されるMAも経済的サポートを受ける中で取得することとなる。逆にPhD課程からは独立しているMA課程の場合、経済的サポートを得ることができる大学院生はごく一部に限られ、学費も、保険も、生活費も私費で賄わなくてはならない。アメリカの大学院に通うには学費も合わせると年間800-1000万円程度必要なので、この違いは大きい。よく言われることではあるが、アメリカ(+イギリス)の有名大学大学院はPhDからは独立したMA課程をたくさん作って、アジアや中東のお金もちの子弟を受け入れることで、収入源としているようだ。よって、PhD課程に入ることの方が、Terminal MA課程に入ることよりも難しい。トップ20くらいの米国大学院のPhD課程はだいたい競争倍率が8-15倍程度というのが目安だと思う。逆に、Terminal MA課程の場合、入学はしやすいが、経済的サポートを外部財団から受けなければならないので、そこでの競争が激しくなる。

ちなみに、Terminal MA課程で社会学系のMAを取得した後、研究者を目指してPhD課程に入学した場合、コースワークや修論の一部が認められたりして、PhD課程の5年が4年になったり、PhDのうちのMAに相当する部分の負担が軽減されることなどもあるらしい。しかし、PhD課程で再びMAを授与されることの方が多いようである。だから、ネットサーフィンでアメリカの研究者の経歴をみているとよく同じような社会学系の修士号を二つ持っている経歴の人を見かける(シカゴ社会科学MA、UCLA社会学MA/PhDのようなケース)。

では、Terminal MAには意味がないのかというとそうでもない。アメリカの上位R1大学のPhD取得が目標の場合、米国の有名大学の学位(+有名な先生の良い推薦状)がなくては合格することが困難である一方、有名大学のTerminal MA課程への入学のハードルは低い。資金面が解決すれば、有名大学の独立したMA課程に進学し、そこからアメリカのPhD課程に出願する方が合格する確率は高まるだろう。よって、Terminal MAをPhD合格のためのステップとして利用することはできる。実際に私が合格をもらって訪問したアメリカのPhD課程で出会った合格者の方々も、学部がハーバードやコーネルなどの有名大学出身者は学士(BA)だけで入学しているが、そこまで有名ではない州立大学出身者や外国大学の出身者の場合は、シカゴ大学やニューヨーク大学等の社会科学系のTerminal MA課程を経て、PhD課程への合格を果たしたという人が多かった。

ちなみに、私は学部卒業前にPhD課程を受験しようと思ったが、複数の教員(皆、海外PhD出身)に「原理的には学部卒でPhDにいけるが、アジアの大学からの学生は修士を取っていないと厳しい」と言われて断念し、日本の修士課程に進学した経緯がある。今から考えると、日本の修士課程ではなくて、資金を工面してアメリカの有名大学院のTerminal MA課程に出願してみても良かったのかもしれない。読者の方が学部生の場合、PhD課程とTerminal MA課程両方へ出願し、PhD課程が不合格ならTerminal MAへ進学し、そこからPhD課程へ目指すということも考えてみてほしい。また、日本のように修士(1-2年)と博士(3年)が分かれているイギリスやカナダの有名大学大学院の修士号をアメリカのTerminal MAのような形で利用し、アメリカのPhD課程への応募の際に有利となるように使うことはできると思う。東大でさえアメリカではそんなに知られていない。学部から直接のアメリカPhD課程合格が難しい場合、日本で修士をやるよりも、資金面がなんとかなれば、その時間をOxfordやLSEやTorontoの修士号取得に当てる方が、アメリカPhD課程への合格には有利になると思う。

注1・・・R1大学とはカーネギー財団による4000程度あるアメリカの大学の分類で、博士号を授与する300程度の大学のうち、特に研究の優れた大学100校程度のことを指している。ここでは、この中でも上位30校程度のことをトップR1大学と呼んでいる。私にアドバイスをくださった方々の話を総合して聞いてみると、上位30圏外の大学院博士課程で学位をとってもアメリカの研究大学での仕事を見つけることは難しいようである(上位10以外は進学しない方が良いと考える人さえいた)。カーネギー財団分類についてはアキ・ロバーツと竹内洋の共著で今年1月発売された『アメリカの大学の裏側』(朝日新書)に詳しい。


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