2017年7月26日水曜日

社会学PhD出願の記録(5)-今後検証が必要な米国PhD出願に関する都市伝説


1. 前置き


このブログではアメリカの社会学PhD課程への出願に関する情報を私の経験を基に執筆している。私のプロフールや連絡先はこちら、本ブログの背景や情報の利用の諸注意についてはこちらを参照のこと。前回までアメリカにおけるPhDとMAの違い出願校の決め方出願に必要な書類について記載してきた。

本日はアメリカPhD出願に関する都市伝説について書きたいと思う。ここで「都市伝説」とは、アメリカPhD出願者の間で広まっている情報のうち、情報が誇張されているか、情報の全部あるいは一部が間違いかもしれないと私が考えているものである。ここには、社会学以外の専攻やアメリカ以外の国にしか当てはまらない事実が、社会学やアメリカのPhDに一般化されて広まっているものも含まれる。もちろん、以下には部分的には正しい伝説もある。今後、日本からのPhD出願者の間で、より丁寧な事実確認や検証がなされることが望ましいと思っている。このためには日本で教育を受けた学生がアメリカのトップR1大学で教員となって、Admission Comitteeを経験し、情報共有する必要があるだろう。私の実力では向こうでPhDを取るだけで精一杯な気がするので、誰かこのブログを読んだ人の中でそういう優秀な人が出てくることを願っている。

検討するのは ⑴ 早く出願した方が合格しやすくなる、⑵ アメリカのPhD課程では全員に給料が出る、⑶ GREのVerbalは留学生には重要ではない、⑷ 外部財団の奨学金をもっていると合格しやすくなる、⑸ 出願先大学教員へ事前のコンタクトや訪問が必要である、の5つである。

2. 都市伝説


⑴ 早く出願した方が合格しやすくなる


この情報は、アメリカの社会学PhDに関していえば、ほとんどすべてのプログラムで当てはまらないので信用しない方が良い。おそらくこれはイギリスの大学院出願やアメリカの一部のTerminal Master課程の情報をアメリカPhDにも適用してしまったことによる勘違いだろう。アメリカのPhDでは明確な締め切り日(12月初旬ごろが多い)が決まっており、そこで出願を締め切った後に事務方が書類を整理して、Admission Comitteeの会議に一斉にかけるようだ。よって、締め切りまでに出せば、どれだけ早くても合否には特に関係ないと思われる。また締め切りに少し遅れても、Admission Comitteeの会議に間に合えば、審査してもらえる可能性もあるのではないかと思う(保証はできないが日本と違って交渉次第で融通がききそうである。ただ、心がけとして締め切りは守るようにしよう)。

イギリスでは、一部の大学院がRolling Admissionという方式をとっており、10月ごろに出願が可能となってから出願された順に審査して、5月ごろまでかけて枠を埋めていくところが多いらしい。つまり、一部のイギリスの大学院に限ってはこの都市伝説は正しく、より早く出願した方が有利になるようだ。【ただ、これも早ければ早いほど良いというよりは、審査の日付が複数回に分かれて決められているようなものだと私は思っている。例えば、10月ごろに出願可能となるオックスフォード大学社会学研究科は大学からの奨学金を得たい人のための締め切りが1月中旬に設定されており、それに間に合わなかった場合でも4月ごろまで出願できる仕組みだった。私はオックスフォード大学の締め切りギリギリ(1月中旬)に出し、3月初旬に問題はなく全額奨学金付きで合格をもらえた。大学院合格情報共有サイトでオックスフォードの最初の合格が報告されたのも同じころで、3月初旬以前に合格した人はいなかった可能性が高い。もしかするとオックスフォードが特別なのかもしれないが、例えRolling Admissionであったとしても早ければ早いほど良いというものではないだろう。】*

*【2017/7/27追記】:指摘があって調べたが、厳密にはオックスフォードのような方式はRolling Admissionとは言わないようだ。イギリスの大学院でもRolling Admissionは多くはないのかもしれない。

なお、アメリカでも、社会学のTerminal Masterプログラムでは、Rolling Admissionのところがあるらしい。アメリカと日本ではMasterとPhDの関係が異なるので十分に注意したい。


⑵ アメリカのPhD課程では全員に給料が出る


この情報は部分的に正しいが、いわゆる上位R1大学のPhD課程(30-40位以上くらい)に限ってのことであり、実際には学費のみが免除になって生活費が出なかったり、生活費を一部の大学院生にしか約束しない大学院もある。よって、出願時には出願先でFundingがどのようになっているかに細心の注意を払った方がいい。経験的には上位私立大学ではシンプルに一行で"We provide five-year funding for all admitted students"のように書かれてあり、怪しいところはやたら細かい条件が提示してあったり、"Many of our students recieve some kind of financial support"のような曖昧な表現に変わる。工学系や経済学のPhDだと、私費で進学しても、その後の民間への就職で金銭的リターンが見込める場合もあるだろうが、特に金銭的リターンが見込めない社会学・政治学や人文系のPhDをとるのに数千万円支払うのはおすすめできない。よく"Don't pay for PhD"というような表現を目にするが、アメリカ社会学に限っては全くその通りだと思う。外部財団から奨学金が約束されている場合は問題ないが、それ以外の場合に、奨学金(=生活費+学費)が出ないプログラムに進学するのは大きなリスクだと考えた方が良い。


⑶ GREのVerbalは留学生には重要ではない


GREのVerbalは留学生には難しすぎてそもそもできる人がいないので、選考側はあまり気にしていないという理論を聞いたことある人は多いのではないだろうか?この伝説は半分は真実だと思う。確かに留学生だからネイティブほどのスコアは求められないだろう。ただ、選考側が英語力を重視していないと考えてはいけないむしろ英語力は選考側にとても重視されており、GREやTOEFLでは大学が求める英語力が十分に測れずに問題になっている、というのが実情のようである。

PhDへの選抜プロセスを教育社会学的に研究したPosseltによると、アメリカのPhDプログラムではアジア(特に中国)からの留学生の英語力が大きな懸念となっているらしく、どの基準を用いれば留学生の英語力を正しく判断できるかに大きな関心が寄せられているという(Posselt, 2016 : pp.141-143)。TOEFLやGREが高くても参考材料にならないと考える教員が多いようだが、そのGREの点数でさえ低かったら英語ができないと推定されてしまうことは容易に想像される。GREのVerbalは難しいだろうが、やはり最低でも150点後半(70パーセンタイル以上)あった方が良いのではないだろうか。

なお、先のPosseltは良いGREやTOEFLのスコアだけでは英語力が判断できないため、アメリカの大学に在籍歴のある留学生が好まれるということを述べている(Posselt, 2016 : p.142)。これはアメリカでPhDを取得した私の大学院の指導教員も述べていたことで、PhDに不合格だったら、高額を払ってでもアメリカの1年制のMaster(Terminal)に進学して好成績をとり、その後にPhDにアプライするように勧められた(アメリカにおけるPhDとMasterについてはこの記事を参照)。まだ出願までに時間がある人なら、交換留学でアメリカの大学に行って向こうで良い成績をおさめるなど、TOEFLやGRE以外の部分でも、自分の英語力(+アメリカへの適応力)を証明する方法を考えることが重要なように思う。


⑷ 外部財団の奨学金をもっていると合格しやすくなる


アメリカの上位の大学院のPhD課程は合格者全員に5年間の全額奨学金(授業料+生活費+保険)を出すことから、大学側の合格者一人に対する経済的負担は相当大きい(1人に対して4000-5000万日本円以上の計算)。よって、それをいくらかでも外部資金でカバーできる出願者は選考において好まれるとされている。これは私も出願プロセスに入るまで信じきっており、だからこそ日本の奨学金に出願前に合格しようと必死で、実際に合格した。ただ、今から振り返ると、外部奨学金獲得がPhD合格に影響するというのはどこまで本当か疑わしく、ある程度の影響は想定されるにしても、一部で言われているように大きな影響があるかは疑わしいと思っている(もちろんないよりはある方が良いだろう)。

私がはじめに外部財団奨学金保持のPhD合格への正の影響を疑ったのは、いくつかの大学のオンラインでのPhD出願ページで明確に外部奨学金獲得の合否への影響を否定しているところあったことだ。外部奨学金を獲得していた方が有利であることを公言しないのは理解できるが、もしもインフォーマルに外部奨学金獲得者を有利に扱っているなら、わざわざ公式に否定する必要があるだろうか?

ちなみに私の場合、獲得した日本の某財団の奨学金は志望校を5校までリストしてよく、その他の大学に進学することになった場合には志望校変更の申請をしなければならないというルールだった。出願時に大学側に外部財団奨学金合格の旨を伝えて、財団側への志望校変更申請が事後的に不許可になった場合、虚偽記載として合格を取り消されるのではないかと恐れて、律儀に5校だけに奨学金合格を伝えた(今から考えると杞憂だった。全部に伝えても全く問題なかった)。結果は、奨学金合格を伝えていた5校は全て不合格となり、奨学金獲得について何も伝えなかった9校のうち3校に全額奨学金付きで合格した。もちろん、志望順位上位の5校の方が選考が厳しかった可能性は十分にある。また、奨学金獲得を伝えることが不利に働いたことはあり得なかった(=伝えないよりは伝えた方が良かった)と思っているが、少なくとも私にとって奨学金獲得と合否は関係がなかった。また、私が知っているPhD出願者の中にもそれぞれの経験から、奨学金合格との関連性を疑問視しておられる方が何人かいる。

もちろん、外部奨学金に受かっていると入学後に様々な特典があるので、受かっておくことに損はない。またもし受かっているのなら、とりあえず出願時にその旨を伝えた方がいいのは確かだろう(伝えることで何もデメリットはなさそうだ)。ただ、現段階の私の考えは、実際に外部奨学金獲得の事実がPhD合格へ正の影響を与えていたとしても、それは大学が出願者へのFundingを減らせるという大学への経済的効果で説明されるよりは、フルブライト奨学金等のセレクティブな奨学金に合格していることによる出願者のポテンシャルのシグナリング効果によって説明されるべきものなのではないか、というものである。

これから出願する人にとって重要なのは、例え外部奨学金に合格していなくてもPhDプログラムに合格できるし、逆に外部財団の奨学金に合格していてもPhDへの合格が保証されるわけではないということである(私以外にもフルブライトや各種日本の財団の奨学金獲得者をたくさん知っているが、多くの人がたくさんのPhDプログラムに落とされている)外部奨学金を持っていることに越したことはないが、例えダメでも、諦めずに出願してほしい。外部奨学金に関しては大学や研究科によっても大きく方針が違うだろう。アメリカの大学のAdmission Commiteeの内情を知っている人がいたら今後是非教えて欲しい。

⑸ 出願先大学教員へ事前のコンタクトや訪問が必要である


結論からいうと、アメリカの社会学PhDの場合、指導教員候補への事前連絡や訪問はなくても大丈夫なところの方が多いようだ(理系とはここが大きく異なる!)。もちろん、連絡してもマイナスになることはないだろう。私の場合、第一志望のUCバークレーの先生とのみ、私のことをとても評価して下さったドイツ人の先生(ベルリンで繋がった)に紹介されてコンタクトをとった。だが、バークレーは不合格となり、最終的に合格した全ての大学院の教員とは事前連絡を取ったことがなかった。バークレーの先生と連絡を取った際には私の論文に丁寧なコメントを下さって感動したが、「今年はAdmission Committeeのメンバーではないので出願に関しては何もできない」と告げられた(真偽は不明だし、仮にメンバーだった場合に私の益となるように何かしてくれたのかどうかはわからない)。

そもそもアメリカの社会学PhDでは事前の連絡を推奨していないところが多い(但し、UNC Chapel Hillのように一部で事前連絡を推奨しているところもある)。基本的には合格後のRecruitment Weekに訪問を要請されて、そこで教員と面談をする設定である。例えばハーバード社会学研究科のFAQのページにはこのように記載されている。

In the interest of treating all applicants equally, the Sociology Department at Harvard University has a policy of not scheduling meetings between faculty and prospective doctoral students until admissions decisions have been made.

また、例え強力なコネがあったとしても、社会学PhDは社会学研究科としてコーホートのバランス等も考えてPhDを受け入れるらしい(教員と学生の一対一ではない)。よって、コネがあり出願者のことを高く評価している教員がAdmission Comitteeにいてもできることは限られてくるのではないかと思う。もちろん、Admission Comitteeに入っていない教員も選考プロセスに関われる大学もあるようであるが、基本的には入学はAdmission Comitteeに最終権限があるようだ。

もちろん、連絡を取ってみることに損はないだろう。だから、連絡とってもいいかもしれない。ただ、10校程度に出す場合、出願校全部には必要ないかもしれない。また、返事がかえって来なくても落ち込まないようにしよう。

なお、イギリスや大陸欧州の社会学PhDの場合、事前のコンタクトは重要だと聞いた。またアメリカでも、理系では事前コンタクトが必須のところがあるらしい(各プログラムというよりはラボとの関係になるため)。よって、自分が受ける国やプログラムの実情を調べた上で、連絡するかどうか決めることが重要だと思う。なお、年配の先生方のお話を聞いていると、アメリカの社会学PhDもかつてはもっと一教員の裁量が大きい時代もあったのではないかと思うことがある。PhD選抜の歴史に詳しい人がいたら教えて欲しい。

<参考文献>
Posselt, J. R. (2016). Inside graduate admissions: Merit, diversity, and faculty gatekeeping. Harvard University Press.

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