2017年1月28日土曜日

富永健一著『社会学講義』の紹介

二週間ほど前に修論を提出し、好きなドラマを見ながら、積ん読してあった本を消化している。これからまたブログも頻繁に更新していけたらと思う。

初心にかえるつもりで富永健一先生が執筆された『社会学特殊講義』(1995)中公新書を読んだ(以前部分的には読んだことあったが今回すべて読んだ)。細部まで紹介するつもりはないが、これまで読んだ社会学の入門書の中では最も良い本なのではないかと改めて思った。分量的にも新書1冊分なので誰にでも気軽にすすめることができる。進振りが終わった学部2年の冬に出会いたかった一冊である。


章立ては以下の通り。

1章 社会の学としての社会学
2章 理論社会学
3章 領域社会学と経験社会学
4章 社会学史の主要な流れ

1章では社会学の定義をはっきりさせるために、「社会」を「狭義の社会」と「広義の社会」に区分し、前者を研究対象とする学問が社会学であることを宣言することから始まる。細かい定義は実際に本を読んでいただいたいが、これはしばしば混同される「社会学」と「社会科学」という言葉を明確に区別し、社会学を政治学や経済学と並列される社会科学の下位分野として位置付けることを意味する。なんでもかんでも社会学の研究対象とする「総合社会学」への批判である。2章と3章では社会学理論の概説をした上で、理論社会学と経験社会学の関係、経験社会学と領域社会学の関係が論ぜられる。ここで特に良いと思った点は社会調査や計量社会学についての説明が詳しいこと(1995年に書かれているので記述が古いが逆に味がある)である。4章では社会学史が概観できるが、欧米の入門書ではお目にかかることのない日本の社会学史の展開を欧米の社会学史と関連付けていて大変興味深い。

付け加えておくと、富永先生は1931年生まれで、1992年まで東大の社会学研究室で教えている(その後名誉教授)。社会学理論から経験的研究(SSM調査の代表)までかなり幅広くカバーしており、教え子で活躍されている方も多数おられる。私は直接お会いしたことはないのだが、最も尊敬している社会学者の一人である。

社会学を専門とされている方も、社会学をかじってみたい方も、適当に書かれた入門書よりははるかにおすすめできるので是非手にとっていただきたい。

2016年12月5日月曜日

修論、進路、メサイア

久しく投稿していませんが、以下近況です。

1. 修士論文

2017年1月5日-10日が締め切りです。できれば5日を目処に提出したいと思っております。修論の題目は提出しました。6章構成で、現在序章(7割完成)、2章(2割完成)、3章(8割完成)、4章(8割完成)、5章(7割完成)、終章(未着手)といったところです。3章、4章、5章がそれぞれ別々の分析となっており、どう2章で提示する理論的枠組みを終章でまとめあげるかが問題となってきております。

2. 進路

かなりいろいろと悩んだ末、アメリカ、カナダ、イギリスの社会学の大学院博士課程(Ph.D課程)に出願することにしました。米国ランキングでトップ1-30位くらいまでを狙っているのですが、このレベルの社会学大学院はほとんどが5年間の学費全額免除と生活費(給料)を合格者に約束するので倍率は高く、かなり厳しい戦いとなっています。昨年のデータだと、出願校のうち一番入りやすそうなW大学で合格率15パーセント、第一志望校のB大学で合格率7パーセントという狭き門です。

もちろん、受けなきゃ受からないので諦めずに頑張ります。東アジアの大学から直接応募するような学生をアメリカの社会学大学院はそう多くはとらない(というか多くて各大学院1人?)と聞いているので、北京大、清華大、ソウル国立大、延世大、高麗大 etc.の学生よりもいかに魅力的なアプリケーションファイルを仕上げられるかが勝負なのかもしれないと思っています。社会学大学院の留学について調べる過程で知ったのですが、東アジアの大学の社会科学系学部の評判はアメリカでは良くなく(某先生談)、学歴はかなり低く評価されてしまうようです(アメリカのトップ30の社会学大学院には中国人や韓国人留学生が多いが、高校や学部からすでにアメリカにいる人が多い)。とりあえず、TOEFL(iBT=114/120)とGRE(V:Q:AW=160/170:166/170:4.0/6.0)のスコアではスタートラインには立てていると思うので、あとはSoPとWritingSampleとLoRのクオリティで勝負です(←米国PhD留学準備経験者のみ理解可能な一文)。

もちろん、日本での所属大学院の博士課程にも出願しました。海外に受かったとしても、経済的なことも含めて考えるので、最終的な進路は5-6月ごろに総合的に判断して報告します(修論落ちて留年は嫌なのでとりあえず修論、頑張ります)。

3. メサイア

今住んでいる寮のOBに東京女子大の理事長をされていた方がいて、その方からチケットを頂いて東京女子大での第62回メサイア公演会にいってきました。東京女子大のメサイア公演はこれで4回目です。高校生の頃からクリスマスには地元の大学のメサイア公演に行っていて、東京に来てからは毎年東京女子大学での公演会にいっています。忙しい中ですが、少しばかりリラックスできました。

東京女子大学のホールにて

実はメサイアを聴くと精神が安定するので、忙しい時とか精神的にしんどい時は寝る前・寝ながら・朝起きた時・作業しながら聴いています。たぶんもうすぐ自分の人生で一番長い時間再生した曲になると思います。メサイアの中でも一番好きなのは第Ⅲ部の最初の"I Know That My Redeemer Liveth"です。特にYoutubeの以下の動画が気にっています。皆さんもよろしければどうぞ。



I know that my redeemer liveth, and that He shall stand at the latter day upon the earth: And though worms destroy this body, yet in my flesh shall I see God. For now is Christ risen from the dead, the first-fruits of them that sleep.


2016年9月2日金曜日

テゼ共同体での5日間の記録

ベルリンでの研究滞在の日程が終了した後、7月29日(木)-8月3日(火)まで5泊6日でフランス東部のテゼ村にあるテゼ共同体にいた。学部の時に交換留学先でルームメイトだったフランス人のカトリックの親友とテゼで再会するという目的も兼ねていた。

帰国してから1ヶ月が経ってしまったが、以下、テゼのことを記しておく。少し細かいかもしれないが、テゼ共同体の紹介と共に、実際にテゼに滞在されることを検討している方に役立つかもしれない情報も記した。なお、以下の記事中の写真は私がとったものとフランス人の親友がとったものを許可を受けて使用している。

  • テゼ共同体とは?

テゼの鐘(写真:Vincent Perraud氏提供)
テゼ共同体を一言で説明すると、「エキュメニカルなキリスト者の生活共同体」ということになると思う。ちなみに、エキュメニズムとは分裂したキリスト教会の一致を目指す実践的な運動のことを指す(と私は理解している)。

テゼ共同体はカルヴァン派の牧師家庭で育ったブラザー・ロジェによって設立されたが、現在はプロテスタント諸派、カトリックのバックグラウンドをもつ数十名のブラザー(修道士)が立場を超えて共同生活をしている。なお、ブラザーは生涯独身の誓いを立てているようだ。

テゼの特徴は若者を受け入れ、若者が祈りの生活を共にする場所を提供していることにある。テゼには年中無休で世界中から若者が集まっており、私が行った7月末-8月初旬には3000名程度の若者が来ていた。ほとんどの若者は1-2週間の滞在であるが、何週間でもいることが可能である。出身国はフランス、ドイツ、イギリス、オランダ、スペイン、イタリア、ポルトガル、ポーランドを中心に、全世界に及んでいた。私が訪問した間に中国・韓国人の方は何人か見かけたが、日本人は私一人のようであった。なお、若者中心であるが、すべての年代層の方がテゼに年中参加しており、ご高齢の方専用のプログラム等の用意もあるようである。ホームページをみると特定の年齢層のための一週間等が時折設定されていることも記してある。

  • テゼでの一週間

私は日程上、金曜の夜に到着し、水曜の早朝に帰国の途についたのであるが、テゼの一週間は月曜から始まり、日曜の聖餐で終わる。なので、日程等の制約がなければ日曜夜に到着し、次の日曜午後に去ることが推奨されている。

<平日(月-金)>
08:15 朝の祈り→ 朝食
10:00 聖書メッセージ(byブラザー)& 静まりの時
12.20 昼の祈り→ 昼食
15:15 グループミーティング
17:00 お茶&お菓子
17:30 ワークショップ(選択制)
19:00 夕食
20:30 夕の祈り(金曜には夕の祈りの後、「十字架の祈り」がある)

<土曜>
15:15 ワークショップ(選択制)
17:00 お茶&お菓子
17:30 ワークショップ(選択制)
20:30 夕の祈り(復活を記念するキャンドルサービス有)

<日曜>
8:45 朝食
10:00 聖体拝領(聖餐)
13:00 昼食
19:00 夕食
20:30 夕の祈り

  • テゼでの言語

テゼでは英語ができれば基本的に問題なく生活できる。ただしフランス語がわかるとテゼで起こっていることをよりよく理解できるようになると思われる。私は英語(と日本語)を使え、ドイツ語が少しばかり理解できるという状態だったのだが、親友のフランス人と一緒に行動しており、彼が説明してくれたおかげで英語やドイツ語だけではわからない情報も手に入れることができた。特に私が参加した日の聖餐はほとんどの時間がフランス語であった。

後述する朝の聖書メッセージの資料は欧州諸国の言語、アラビア語、韓国語、中国語にはすべて翻訳されていた。残念ながら日本語はなかった(日本から行かれる方が少ないのだろう)。

  • 聖体拝領(聖餐)


日曜日や平日の祈りの中での聖体拝領(聖餐)で出されるパンとぶどう酒はカトリックの司祭による早朝のミサで聖別されている。ただし、テゼ共同体はカトリックでもプロテスタントでもない、ということになっている。通常、カトリックではカトリックでない者が聖体を拝領することを認めていないが、テゼにおいてはプロテスタントや正教会の者もカトリックと同じパンとぶどう酒にあずかることが事実上可能となっている。なお、テゼを創始したブラザー・ロジェはカルヴァン派の牧師家庭に生まれ、生涯カトリックの洗礼を受けることはなかったようであるが、教皇ヨハネ・パウロ2世はブラザー・ロジェのテゼでの働きを高く評価していたようである。

「和解の教会」の中の様子
(聖体拝領や祈りの時には満員になる)
もちろん、カトリック式の聖体を拝領したくない者のために、「祝福されたパン」(Blessed Bread)も用意されている。これは朝食用のパンを祝福したもので、東方正教会の伝統からくる慣習のようである。

なお、オンラインで調べるだけでも、カトリックではない者がカトリックの聖体を拝領していることにカトリックとプロテスタント双方の保守勢力から様々な批判があるようである。テゼにおけるプロテスタントの聖体拝領がどのようにカトリック教会で公式説明されているのかはわからない。どなたかご存知であれば教えていただきたい。

私はエキュメニズムをこの地上では実現不可能であるにも関わらず口にされる綺麗事だと考えていた。だが、皆が同じパンと同じ杯に同じ時間にあずかるというクリスチャンにとって最も重要で象徴的な出来事をテゼ共同体が実現させていることを目の当たりにし、私のこれまでの見方が悲観的すぎたのかもしれないと反省させられた。(この象徴的な出来事を実現することがこれまでどんなに難しいことだったかは教会の歴史を少し勉強すればすぐにわかることである。)

  • テゼの祈りと賛美

テゼで貸し出される讃美歌集
(テゼ内のお土産屋さんで購入可能)
テゼの中心にあるのは「祈り」である。テゼの「祈り」は短い賛美の言葉(多くの場合聖書から取られている)を静かなメロディーにあわせて繰り返し歌う形式であり、「和解の教会」(Church of Reconciliation)という中央にある巨大な建物で全員(2000~3000人?)で行われる。朝昼夕のどの祈りかにもよるが、時間は30-60分程度である。祈りが終わった後も自由に残って有志で歌い続けることができる。

ここでの言語は英語が中心というわけではなく、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、オランダ語等が同じ程度の割合で歌われている。歌詞はアルファベットなので自分の知らない言語でも発音することはでき、配布されるテゼ専用の讃美歌集に翻訳されているので意味は知ることができる。以下のYoutube動画はD.ボンヘッファー作詞の”Aber du weißt den Weg für mich”というテゼの祈り(賛美)の一つだが、動画の途中に祈りの様子が映っている。


  • 聖書メッセージ

テゼは瞑想的に祈る(歌う)ことが中心で、聖書を学ぶことがないという批判を目にすることがあるが、平日は毎朝10時から世代別に集まって聖書のメッセージをブラザーから聴く。メッセージは毎朝30分程度で短かったが、かなりよく準備されたものだと感じた。世代は15-24歳、25-34歳、35歳以上のような形で区切られている。ブラザーは意外とユーモラスで、話も興味深く聞けた。

  • 静まりの時
静まりのための公園(中心に池がある)
テゼでは静まりの時が重視されており、朝の聖書メッセージが終わった後は誰とも話さずにメッセージ時にブラザーから出された質問について1時間-2時間ほど考えるようにすすめられる。声を出してはいけない公園があり、多くの人が静まりの時間はその公園で過ごしている。公園の中心部には池がありその周りを歩きながら考えを巡らせている人もいる。もちろん、周囲の芝生で座ったり寝そべったりすることも可能。

テゼに何週間も滞在している人はオプションとして「A week in silence」(静まりの1週間)を選ぶことができ、このオプションを選ぶとほとんどの時間を誰とも話さずに1週間を過ごすことになるようである。

  • スモールグループミーティング

テゼでは月曜日の世代別聖書メッセージの際に、5-10人程度のスモールグループに割り振られる(火曜以降に来た人も随時グループに割り振られる)。グループはなるべく国籍等がバラバラになるように調整されており、私のグループはイギリス人2人、オランダ人1人、フランス人2人、ドイツ人4人、ポルトガル人2人、日本人1人(私)という構成であった。グループでは昼食後15:15に好きな場所に集まって朝聞いた聖書メッセージについて2時間ほど話し合う。

興味深いのは、スモールグループは金曜(グループ活動最終日)まで自分の身分を明かしてはいけないというルールであった。これはよく考えられたルールで、牧師や神父等の聖職者、または医者や大学教授等の社会的権威のある人が、グループディスカッションの主導権を握ってしまうことのないようにするためだと思われる。私は水曜朝に帰国しなければならなかったので、火曜夜にグループメンバーにこっそり職業等を教えてもらったが、一番聖書に詳しそうであったイギリス人は聖公会の司祭となるべくケンブリッジ大学神学部在学中の神学生であった。他にはドイツの小学校の宗教音楽の先生、ドイツの社会福祉士、オランダのカウンセラー等々であった。

  • テゼでの食事

テゼの夕食
テゼでの食事は質素であった。配給所に並んで食事を受け取る。食事の配給カードは宿泊時の寄付(下記)をした際にもらえるシステムになっていた。主食は朝昼夕ともフランスパンで、それにチェコレートやバターがついている。食べない人が余った分をおいておく場所があり、お腹の空いた人は余りものをおかわりとして食べることが許されている。食品の持ち込み等は制限がないので、お腹すきそうな人はカロリーメイト等を持参されることをお勧めする(ただし冷蔵庫はない)。


  • ワークショップ(選択制)

英国のEU離脱に関するワークショップ
(非EU圏の参加者は私だけだった)
ワークショップは選択制だが、様々なものが用意されている。私が土曜日に参加をしたのはブラザー・ロジェに関する映画をみるワークショップであり、月曜日に参加をしたのが多文化共生をゲームで考えるワークショップ、火曜日に参加したのがイギリスのEU離脱に関するワークショップであった。

ワークショップをオーガナイズしているのはテゼに1週間以上いる滞在者の方だったり、ブラザーだったりと様々である。

ちなみにEU離脱ワークショップは、たまたまテゼ訪問中であった聖公会のイギリス人司祭の方が、世論調査等のデータを交えて話してくれた(司祭の方はもともと社会疫学の研究者だったらしくかなりきちんとした統計分析だった)が、残念ながら期待していたEU離脱と聖公会の立場(あるいはキリスト者)との関連は少なかった。容易く想像できることではあるが、テゼに来ていた人のほとんどはイギリスのEU離脱に失望していた。

  • テゼに来る人々の宗教的バックグラウンド


創始者ブラザー・ロジェ(1915-2005)の墓
(写真:Vincent Perraud氏提供)
テゼはカルヴァン派のブラザー・ロジェによって始められたが、エキュメニズムの体現を目指す場所である。よって、宗派等について聞くのはよくないと思いつつ、やはり気になったので出会う人々にバックグラウンドを聞いてみた。データ等はないようであるが、少なくとも私の滞在中にテゼに来ている人々はどちらかというとカトリックの方が多いように感じた。これはテゼがカトリックが強いフランスにあることも関係しているかもしれない。加えて、私が出会ったアメリカ、カナダからの参加者は皆カトリックであり、ポルトガル、スペイン、イタリア等からの参加者ももちろんそうであった。プロテスタント(聖公会を含む)はイギリス、オランダ、ドイツ、北欧からの参加者に多かった。

プロテスタントの内訳としては、やはり各国の「合同教会」(日本でいうと「日本基督教団」)のような「メインライン」の教会に所属している人が多いように思われたが、私の参加していたスモールグループにはペンテコステ派の人もいた。私自身は19世紀に聖公会から分離独立したかなり保守的なプロテスタントの一グループの中で育ったのだが、アジア地区担当のブラザーと個人面談をした際にそのことを話すとかなり喜んでくれた(逆に言うと僕のようなバックグラウンドの人は少数派なのだと思われる)。

なお、クリスチャンではないけれども、スピリチャルなものを求めてやってきた人にも出会ったので、全員がクリスチャンというわけではなさそうであった。

  • テゼまでの交通

行きはベルリンからであったため、Berlin→(列車)→Frankfurt→(TGV)→Chalon-sur-Saône→(列車)→Mâcon Ville→(バス)→Taizeという経路であった。帰りはTaize→(バス)→Mâcon Ville→(列車)→Lyon→(列車)→Genevaという経路で、ジュネーブから飛行機に乗った。ヨーロッパの主要な街からの交通手段はホームページのここに細かく記載されている。

Taizé – Communautéのバス停
(写真:Vincent Perraud氏提供)
基本的にはMâcon Ville駅、Chalon-sur-Saône駅、Mâcon-Loché TGV 駅のどこかまで辿り着き、そこからテゼに向かうバスに乗ることをおすすめする。テゼの宿泊所にチェックインしたい場合、降車すべきバス停はTaizé – Communautéである。間違えてTaizé – Mairieで降りてしまうと重い荷物を持って坂を登らなければならない。なお、祈りの時間中はチェックインカウンターは閉まっているので祈りが終わるまで待っている必要がある。

  • テゼの予約

テゼでの宿泊の予約はネットを通して行うが、当日突然テゼ共同体に現れて「泊まりたい」と言っても大丈夫なのではないかと思われる(もちろん予約されることを強くおすすめする)。宿泊費は寄付制であり、出身国と年齢によって基準が違う。日本から来る人は欧州諸国(30歳以下)と同じ1泊7.50-10.50ユーロ(食事含)を求められた。

テゼに4週間以上いる予定の場合、最初の1週間は寄付を求められるが、それ以降はテゼの活動を手伝いながら滞在することで寄付を求められなくなるということである。実際に半年-1年の間、テゼで生活している若者にも出会った。人生にブランクができた場合、フランスまでの航空券さえ購入できれば、テゼで1年を過ごすのもいいかもしれない。

  • テゼでの宿泊

基本的には寝袋とテントを持参することが推奨されている。ただ、私のように手ぶらでいってもドミトリー(ログハウス)に入ることができる。一つのドミトリーは10名程度収容でき、簡素なベッドが用意されている。寝袋を持ってきていない場合、ブランケットをかりることができる。シャワー等はトイレに簡素なものがついている。綺麗好きな人の場合、最低限自分の寝袋を持参することをお勧めする(ブランケットは綺麗とは言えない)。

  • 日用品・お土産の買い物

テゼスタイルの十字架のネックレス
(多くの人が着けている)
日用品を毎日時間限定で購入可能なOyakという場所があり、石鹸やシャンプー等はそこで安く購入することができる。また簡単なお菓子も売っている。この区画で、夕の祈り以降、ピザやビールも購入が可能で、少々騒ぐことも許されている(ただし、外から持ち込んだアルコールはチェックイン時に預け、テゼで飲むことはできない)。私がいた7月末-8月初旬は夏休み中ということもあって、15歳前後の若者がOyakで踊ったりゲームをしたりとかなりはしゃいでいた。24歳の私は少し近づきづらかった。

なお、ポストカードやテゼのブラザーたちが作った陶器などのお土産を買う場所も教会の隣にある。人気があるのはテゼを象徴するテゼスタイルの十字架のネックレスである。値段も5ユーロ前後でリーズナブル。


  • その他(Wifi等)

WifiはOyak(上記)で30分カードを購入し、指定されたスペース(小屋)で24時間使用することができる。共用パソコンが2台あり、そちらも30分カードを購入して使用することが可能である。宿泊するドミトリーには鍵等がないので、パソコン等は貴重品を預ける施設に預けておく方が良いかもしれない。

なお、Taizeは電波は良いようなので、フランスで使用可能なSIMカードを購入されたりしていた場合、問題なく使うことができると推測される。

  • テゼの霊性と他との比較
キリスト教会内で有名な歴史的人物や特定の教会・教派を指して「〇〇の霊性」や「△△の霊性」という表現が用いられているのを目にする。このような表現を使う人々は暗に「〇〇」と「△△」の「霊性」を区別・比較するためにこのような表現を用いていると思われる。

「霊性」の定義を調べても論者によって異なり曖昧な言葉だと思うのだが、テゼの霊性を他と比較するために「霊性」を「特定教会・教派の礼拝に参加した時にその礼拝の集合的状況(参加者の雰囲気、賛美のメロディ・歌詞、礼拝中のメッセージ、建物の外装・内装等の状態の集合)が一人一人に生じさせる心の状態」と定義する(*)と、テゼの霊性は「低い安定した心の状態」と表現できると思う。「低い」とはどういう意味なのかというと、一部のプロテスタントの集会(例えばペンテコステ派の教会でヒルソングのワーシップソングを歌うような場合)にみられるような精神状態の高まり?を経験する瞬間はほぼないということである。「低い」というよりも、「静か」といった方が適切かもしれない。「安定」というのはその「低い」(静かな)状態がテゼにいる期間中は継続されるということである。私のフランス人の親友は小さい頃からテゼに何度も足を運んでいるが、このテゼの霊性を「波を立てない」という言葉で表現していた。

(*上記の霊性の定義は霊性の神学等を一切勉強したことのない私独自のものであり、神学的には霊性が神との関係の特定の状態であると考えられるのかもしれないし、個人のレベルでは測定できないものと考えられるのかもしれない。その場合、心理的・社会的レベルのみから捉えた上記の霊性の定義は不適切になるであろう。)

このテゼの霊性は私にあっていた。テゼの賛美は同じフレーズを何回も繰り返す(例:"Jesus, Remember me when you come into your kingdom")ものであり、ヒルソングのワーシップのように歌詞の意味やメロディーが高揚する瞬間が設定されていない。もちろん、ヒルソングのワーシップソングを否定するものではない(私が好きな曲もたくさんある)が、静かに落ち着いて持続的に心を神に向けることをテゼの霊性は可能にしているように感じた。

以上、日本からテゼにいかれる方がネット検索することも想定して、少し細かく書いてみた。情報には正確を期したが、私の勘違いで誤っている可能性や、時期等によってプログラム・交通手段が変更される可能性もあることは付記しておきたい。

2016年9月1日木曜日

ベルリン社会科学サマースクール(2週目)

7月17日(日)より、7月28日(木)までの間、ベルリンにて開催されていた社会科学のサマースクール(Berlin Summer School in Social Sciences)に参加していた。帰国後、研究会、学会、旅行等でバタバタしていたので1ヶ月ほど過ぎてしまったが、二週目の内容もメモ程度に残しておきたい。

*本記事はベルリン社会科学サマースクールに関する二回目の記事で、一回目は前回の投稿(ベルリン社会科学サマースクール(1))を読んでいただきたい。

ベルリン社会科学研究センター(通称:WZB)
一週目はアメリカとヨーロッパ各国の著名な社会学者・政治学者・経済学者を読んでのレクチャーであったが、二週目は研究テーマごとに四つの分科会に分かれ、午前中にドイツの若手研究者から最新の研究や調査についてのレクチャーを受け、午後にサマースクール参加院生の研究発表を講師の先生も含めて皆で聞き、コメントをしあうという流れであった。開催場所は25日(月)にドイツ社会科学研究センター(WZB)で講義がなされ、残りは一週目と同じくフンボルト大学社会科学大学院で開催された。フンボルト大学とWZBは電車を乗り継いで30分程度の距離。

四つの分科会は"External Governance, Europeanization, and Global Norms"、"Social Struggle and Globalization"、"Citizenship, Migration and Social Inequalities"、"Democracy at the Crossroads"である。分科会名をみてのとおり、「社会科学」といってもいわゆる「政治学」と「社会学」専攻の者が興味をもつテーマであり、それ以外(「経済学」)はほとんどいなかった。

私は"Citizenship, Migration and Social Inequalities"(シティズンシップ、移民、社会格差)分科会へ参加した。

以下、一週間の概要と感想を記す。

7月25日(月)午前:講義(Dr. Susanne Veit ドイツ社会科学研究センター)
        午後:院生発表
7月26日(火)午前:講義(Dr. Jan Fuhse フンボルト大学)
        午後:院生発表
7月27日(水)午前:講義(Dr. Ruth Diltmann ドイツ社会科学研究センター)
        午後:院生発表
7月28日(木)午前:講義(Dr. Marc Helbling  バンベルク大学)
        午後:院生発表(⇦私の発表はここであった)
        夕方:閉会式&パーティー

講義の中で印象に残ったのは月曜日の講師の研究チームの発表であった。ドイツにおけるトルコ系に対する就職差別とその差別の細かいプロセスを調べるために、学歴・職歴・スキルは類似させ、フォトショップで加工した顔と名前によってエスニシティ(トルコ系)を判別できるようにした偽の履歴書を様々な企業に送って、トルコ系がシグナリングされることが採用面接まで呼ばれる可能性を低減させるかの調査研究をしていた。この手の研究はこれまでにも幾つか読んだが、はるかに規模が大きかった。7000通の偽CVを産業や企業規模を変えて送付し、推薦書の内容もいろいろなものを用意し、コントロールグループとして他のエスニックグループも加えていた。

日本でこのような企業を騙す研究は倫理上許されないと思われ、もちろんドイツでも微妙なラインらしいが(裁判も想定して弁護士をつけて研究しているらしい)、偽の「卒業証書」「就業証明書」までつくりあげ、写真も同じ顔をトルコ系・ドイツ系・アジア系の肌、目の色にPhotoshopで加工する徹底ぶりには研究者の執念を感じた。

私の研究発表は最終日の28日(木)であった。詳細は省くが(いつか論文を出せた時に研究の詳細を書きたい)、計量社会学的な手法を用いて移民の帰化の問題を扱った研究を2つ発表した(それぞれ修論の章になる予定)。日本では、同じテーマを計量社会学的な手法で研究している人がほぼいない中、周りに興味をもってもらうのに苦しんでいた(いる)のだが、ドイツでは逆に同じような研究をしている人が多く、コメントもかなりたくさんいただけた。

このサマースクールがフンボルト大学の院生とポスドクの方々で運営されていたことは印象的だった。日本で学生がこの規模の予算の自主運営プログラムをはしらせている大学があるのかはわからないが(サマースクールには米国や欧州各国から2週間にわたって有名な先生を数名呼んでおり、参加学生には航空券代が支給される)、日本でもいつかこのようなサマースクールがあったら面白いだろう。

私は発表資料を他の人への「譲渡自由」という形で関心のある人に配ったのだが、私と同一のテーマを研究しているドイツの大学の先生にまで資料が渡り、後日メールがあり、やりとりが始まっている。ヨーロッパでのコネ作りという意味でも大変有益な二週間であった。

最後に、このサマースクールは数年前から毎年行われているらしいが、日本からの参加は私がはじめてだったらしく、今回は唯一の東アジアの大学からの参加であった。来年以降、修士からポスドクの方まで、是非申し込みを検討されることをお勧めしたい。

→一週目についてはこちら

2016年7月24日日曜日

ベルリン社会科学サマースクール(1週目)

フンボルト大学ベルリンの社会科学大学院
7月17日(日)より、7月28日(木)までの予定で、ベルリンにて開催されている社会科学のサマースクール(Berlin Summer School in Social Sciences)に参加している。このサマースクールはフンボルト大学のベルリン社会科学大学院(Berlin Graduate School of Social Sciences)、ベルリン社会科学センター(Wissenschaftszentrum Berlin für Sozialforschung, 通称WZB)が大学院生のために毎夏合同で開催している。すべてフンボルト大学の大学院生によってオーガナイズされている。

今年のテーマは”Linking Theory and Empirical Research”で、1週目に社会科学の理論と方法に関して異なった立場の教員がレクチャーを繰り返し、皆でディスカッションを行う。2週目はそれぞれの研究テーマごとに4つの分科会に分かれて研究交流を深める。昨日で1週目のプログラムが終了した。私は来週、「移民・市民権・社会格差」分科会に参加予定。

応募は4月にネットを通して行う。履歴、業績、現在行っている研究等をベルリン側に送付し、ベルリン側が選考を行う。一部参加者にはトラベルグラントが支給され、私(東京から参加)の場合、900ユーロ(約10万円)を受け取ることができる。

50名ほどの参加学生の中で東アジアの大学に所属しているのは私だけである。参加者のほとんどがヨーロッパの大学院所属の学生であり、それにアメリカ、カナダ、トルコが数名ずつ加わっている。また、修士(博士課程前期)の学生は私を含めて数人だけで、ほとんどは博士後期課程(ヨーロッパ諸国は日本のように修士と博士が分かれているところがほとんどである)とポスドクの学生。

「社会科学」というと経済学、政治学、社会学を指すことが多いが、サマースクールでは経済学者は一人だけで、学生も教員もほとんどが政治学か社会学を専攻していた(私は教育学研究科に所属しているが、教育社会学を専攻している)。比率は社会学:政治学で6:4くらいである。唯一の経済学者のSanjay Reddy氏はハーバードで数学を専攻した後、ケンブリッジで社会人類学の修士号をとり、その後ハーバードで経済学の博士号をとった異色の経歴の持ち主で、自分のことを"most sociology friendly economist"と言い、経済学が他のディシプリンを見下していることをあまりよく思っていないようであった。日本(東大)で勉強していると政治学>=経済学>社会学という社会科学内のヒエラルキーを感じるが、欧米では経済学>政治学>=社会学だと思われる。これは日本(東大)で政治学科が法学部にあり、法学部が圧倒的に「偉い」こととも関係もすると思う。

以下は1週目の日毎のテーマと講師である。

7月17日(日)ポスター発表会

7月18日(月)講義&演習① Epistemological Foundations of Methodological Paradigms
Sanjay Reddy(The New School for Social Research)
Gilbert Achcar(University of London)

7月19日(火)講義&演習② Causation and Explanation in the Social Sciences
Macartan Humphreys(Columbia University)
Hendrik Wagenaar(University of Sheffield)

7月20日(水)連邦議事堂視察&難民による抵抗運動視察

7月20日(木)講義&演習③ Concepts as Building Blocks of Theories
Vera Troeger (University of Warwick)
Donatella Della Porta (European University Institute)

7月21日(金)講義&演習④ Linking Micro and Macro Perspectives
Bob Jessop (University of Lancaster)
Nina Glick-Schiller (University of Manchester)

7月22日(土)ワークショップ Methodological approaches to studying the global economy - The micro-global approach to financial markets
Karin Knorr Cetina(University of Chicago)
Sanjay Reddy (The New School for Social Research)

私は初日のポスター報告で修士論文(来年1月提出予定)の第2章を発表した。予想以上に好意的に受け止められたので嬉しかった。ただ、ほとんど参加者は私のように研究の一部ではなく、博士論文プロジェクトの概要を発表しており、私も自分の未完成の修士論文の全体像がみえるような発表をすればより良かったのかもしれない。

20日(水)に見学した連邦議会の議事堂(国会議事堂)
講義&演習は社会科学の認識論における「実証主義」と「解釈主義」、方法論における「量」と「質」など異なるとされる立場の先生が米欧からバランスよく招聘されており(もちろんほとんどの先生はより中間的な立場にたっている)、サマースクール中に招聘教員から1対1の指導も受けることができる。

私はどちらかというと量的な手法を用いること多い(発表も計量分析であった)が、質的なアプローチで経験的な研究をしている院生が目立った。これは量的アプローチをとる学生が同時期にアメリカのミシガン大学で行われるICPSRに参加していることの影響かもしれない(もちろんICPSRの方が規模も知名度もある)。

議事堂内の壁へのソ連軍による落書き
観光はあまりできていないが、20日(水)に見学した連邦議会の議事堂とその中の壁の落書き(1945年に議事堂を占拠したソ連軍によるもの)は大変興味深かった。落書きはソ連軍の兵士の名前や出身地が記されており、度を超えて侮蔑的なものは消される一方、多くはそのまま議事堂の壁に保存されている。落書きを残すことには、ドイツの保守系議員の一部から反発の声もあったようだが、忘れてはいけない「歴史」として残すことを決めたらしい(連邦議会公式ガイド談)。私は修士論文の一部としてドイツの帰化テスト(移民が国籍を取得するために受けなければならないテスト)を分析しているが、そこでも第二次世界大戦前後の暗黒時代の歴史に関する質問が目立つ。連邦議事堂の落書きを通して、現在のドイツの国としてのナラティブにナチス時代の負の歴史から目を背けないことがいかに大切にされているかを改めて感じることができた。負の歴史から目を背けようとする動きが目立ってきているどこかの国とは大きく違う気もした。

最後に現地での生活について。現在はフンボルト大学のゲストハウス(住所:Ziegelstrasse 2)に宿泊中。ベルリン社会科学大学院までは徒歩15分程度。キッチン、トイレ、シャワー共有の4人用のアパートの個室なのだが、アパートを使っているだが自分だけなのでかなり豪華なスペースの使い方をしている。12泊13日で455ユーロであった。普段は自炊しているが、器具はフライパン等しかないので、毎日朝と晩は卵を焼き、スーパーで買ったパンとトマトとチーズと一緒に食べる生活をしている。昼は大学の食堂(Mensa)で食べる。

以上、徒然なるままに書いてしまった。誰も最後まで読む人がいないかもしれないが、いつか検索で引っかかってくれる人がいることを願う。今後、日本からもこのサマースクールに参加者が増えるといいと思うので、是非来年以降の応募を考えることをおすすめする。次回以降の投稿ではサマースクール中に課題として出された論文や、明日から始まる「移民・市民権・社会格差分科会」についてまとめたい。

→二週目についてはこちら

2016年7月9日土曜日

綺麗な表の作り方(Stataのoutreg2)

論文に載っているような綺麗な表を出力するためのoutreg2というコマンドがStataにはある。デフォルトの設定はすぐに使えるようになったのだが、必要な各種統計量を表に自動的に追加するオプションの使い方がいまいちわからず本日は無駄な時間を使ってしまった(マニュアルで追加すれば一瞬で終わる)。

今週は時間と戦っているのでこんな非本質的なことに時間を使っている場合ではなかった。ただ、せっかく学んだので備忘録としてメモしておく。

なお、outreg2は以下のコードでインストールする。説明はこのブログを読まなくてもいろいろなところにあるが、例えばここに詳しい。

ssc install outreg2

以下は、y1 x1 x2 x3 x4という変数を用いて、Pooled-OLS推定、固定効果推定、ランダム効果推定をした後に、outreg2で表を出力するコードである。outreg2のデフォルトの出力(係数、標準誤差、R2乗、N)に加えて、各モデルにそれぞれの推定方法の名前をつけ、Between R-Squared、Within R-Squared(注1)、Overall R2-Squared、sigma_u、sigma_eにそれぞれ名前をつけた上で表の最後に追加し、エクセルファイルに出力されるようにしてある。ワードファイルに出力したい場合、.docに変更すれば良い。

コードは以下の通り。少なくともStata14がインストールされている私のmacbookairでは走った。

xtset id time
quietly reg y1 x1 x2 x3 x4
outreg2 using myreg.xls, replace ctitle(Pooled OLS)
quietly xtreg y1 x1 x2 x3 x4 ,fe
outreg2 using myreg.xls, addstat(Within R-squared, e(r2_w), Between R-squared, e(r2_b),Overall R-squared, e(r2_o), sigma_u, e(sigma_u),sigma_e, e(sigma_e)) append ctitle(Fixed Effects)
quietly y1 x1 x2 x3 x4,re
outreg2 using myreg.xls, addstat(Within R-squared, e(r2_w), Between R-squared, e(r2_b),Overall R-squared, e(r2_o), sigma_u, e(sigma_u),sigma_e, e(sigma_e)) append ctitle(Random Effects)

もっとかっこ良い書き方があると思う。私はStata歴2ヶ月強なのでゆるしていただきたい。ただ、一応これでも綺麗な表は出力されるはず。検索でたどり着いた方は試してみてください。なお、Stataに関しては英語で情報がたくさんネットに上がっているので英語で検索されることをおすすめする。

(注1)この場合、固定効果モデルにおけるWithin R2-SquaredとOLS推定のR2-Squaredは一致する。

2016年7月3日日曜日

移民はソーシャルキャピタルを低下させるか?(Kesler and Bloemraad 2012)

Kesler, C., & Bloemraad, I. (2010). Does immigration erode social capital? The conditional effects of immigration-generated diversity on trust, membership, and participation across 19 countries, 1981–2000. Canadian Journal of Political Science, 43(02), 319-347.

Christel KeslerとIrene BloemraadがCanadian Journal of Political Scienceで発表した論文。Irene BloemraadはUCバークレーの教授で、社会学における移民研究、特に米加比較で注目されている研究者。Christel Keslerは若手で、おそらくバークレーでIrene Bloemraadの指導を受けていたのだと思われる。

hunker downしている亀のイメージ
本論文はhunker down仮説を個々の国レベルの状況をしっかりと加味した上で再検証しようという内容。hunker down仮説とはカメが外界を信頼していない時に頭を引っ込めて甲羅に閉じこもるように、移民流入によって多民族的状況が生まれると、ソーシャルキャピタルが低下するという仮説。ソーシャルキャピタルは論者によっていろいろな定義があるが、本論文では(1)社会的信頼(周囲の人への信頼感)、(2)市民団体への参加(教会、ボランティア団体etc.)、(3)政治行動(請願活動、合法的なデモetc.)の三つで計測されうるもの、とゆるく考えておけばよい。hunker down仮説はもともとPutnam(2007)で提唱され、メディアも含めていろいろなところで有名になった。パットナム本人は論文では微妙な言い方をしているのであるが、世に出回っている基本的な理解は以下の図式である。

hunker down仮説:多民族的状況⇨ソーシャルキャピタル低減

KeslerとBloemraadの論点を先取りすると、外国人移民流入(多民族的状況)によるソーシャルキャピタルの低減は経済的格差が大きい国・多文化主義政策が実施されていない国のもとで深刻になる、ということになる。最終的に著者らは、hunker down仮説をそのまま受けいれることはできないと結論づけている。
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以下、論文の細かい要約と私のコメント。KeslerとBloemraadは、hunker down仮説がアメリカのデータから概ね支持されているものの、一部の国(特にヨーロッパ)では支持されていないことに着目して仮説をたてていく。著者らは各国個別の(1)経済的格差と(2)多文化主義政策が、多民族的状況がソーシャルキャピタルを低減する効果を媒介しているのではないかと考え、hunker downを媒介する要因とその方向を明らかにしようとしている。なぜ著者らが経済的格差と多文化主義政策に注目するかについては実際に論文を読まれたい。著者らが検討する仮説は大きく要約すると以下のようにまとめられる。

(1)経済的格差仮説

経済的格差仮説:多民族状況⇨(経済格差)⇨ソーシャルキャピタル低減

経済的格差の拡大は多民族的状況がもたらすソーシャルキャピタルの低減をより深刻にする形でhunker downを媒介するという仮説。逆に、経済的格差が小さいと多民族的状況がもたらすソーシャルキャピタルの低減もより緩やかになるという仮説。

(2)多文化主義政策仮説

多文化主義政策仮説1:多民族状況⇨(多文化主義政策)⇨社会的信頼低減
多文化主義政策仮説2:多民族状況⇨(多文化主義政策)⇨市民団体参加・政治行動増大

多文化主義政策に関しての著者らの見解はソーシャルキャピタルを社会的信頼と市民団体参加・政治行動に分けて考えなければならないためわかりにくくなっているが、要するに多文化主義政策は民族グループを固定することにより社会的信頼の低減をより深刻にするが、逆にエスニック団体も含めた市民団体への参加や政治行動をより増大させる、ということのようである(本文ではここまで明快には述べられていない)。なお、ここでいう多文化主義政策とはカナダに典型的にみられるような国内の民族・移民マイノリティを承認し一定の権利を与えるような政策のことをいう。

論文で使用されるデータはWorld Value Surveyのうち「発展した民主主義国家」(advanced democracies)19カ国で1980年代、1990年代、1990年代半ば、2000年代に各国で行われた調査データファイルを合併している。サンプルサイズは従属変数によるのだが、レベル2(カントリーイヤー)は47-60で、レベル1(個人)は66,573-77,756である。

分析にはマルチレベルロジットモデルが使われている。Bloemraadは質的手法で有名になった研究者だが、日本だと計量社会学者を自称する人々しか使わなさそうな複雑なモデルを平気で使うところに北米の社会学における計量分析の浸透度合いを感じとることができる。

従属変数は3つあり、「社会的信頼の有無」(「人は信頼できるか?」に対する回答)、「市民団体参加の有無」(ボランティア団体、教会etc.)、「政治行動の有無」(請願活動、デモ etc.)ですべて2値で表現している。

モデルの基本的な数式は以下によって表すことができ、pがそれぞれの従属変数の確率、iがカントリーイヤー、jが各個人を指す。

loge[pij/(1-pij)]=B0+B1di+B2Xij+B3Xi+B4×外国人比率+B5Xi×外国人比率+εij+ζi
(p.331)

ベースラインモデル(上式の右辺第四項まで)として以下がまず提示される。

独立変数(レベル1/Xij):女性ダミー、既婚ダミー、年齢、教育年数、年収十分位、年収欠損ダミー、失業ダミー、非労働力ダミー、カトリックダミー、プロテスタントダミー、その他の宗教ダミー(ref.無宗教ダミー)
独立変数(レベル2/di):各国ダミー(ref.アメリカ)

その上で、ベースラインモデルのレベル2に様々なパターンのマクロレベル変数と、それらの交互作用を追加することで仮説を検証する。追加する変数は以下の通り。

独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率(モデル1)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、Gini、外国人比率×Gini(モデル2)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、多文化主義スコア、外国人比率×多文化主義スコア(モデル3)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、Gini、多文化主義スコア、外国人比率×Gini、外国人比率×多文化主義スコア(モデル4)

多文化主義スコアはBantingとKymlickaが作成した三値のMulticultural Policy Index(MCP)を二値に変換している。この指標は私も使ったことがあるが、指標自体の問題とともに、著者らが同一国のすべての年で同じ値を投入していることに一定の問題があると思われる(現在のMCPは年代ごとに指標が作成されているが、KeslerとBloemraadが指標を使ったころには指標は1時点だったのかもしれない。いずれにせよ、各国に時間固定のスコアをわりふっただけではベースラインモデルの各国ダミーにMCPの違いがbetween country effectとして吸収されてしまい、時間変化(within country effect)をみることを主張している著者らの分析戦略に反してしまうと私は考える。この問題について後述する)。

分析結果として、モデル2とモデル4の外国人比率とGiniの交互作用がすべての従属変数に関して負に有意となり、経済的格差仮説は支持されている。多文化主義仮説1については支持されず、多文化主義仮説2は支持されている。また重要なファインディングスとして、どのモデルにおいても、外国人比率それ自体の主効果は社会的信頼に対して有意な効果はなく、あるのは市民団体参加と政治行動に対する正の効果のみである。よって、外国人の増大は社会的信頼を低減させるが、それはアメリカのような経済的格差が大きい国の状況で想定される話であって、経済的格差を縮小できれば外国人増大の効果自体は問題とならない可能性が示されている。

複雑で問題もあったが、面白い論文なので自分なりにまとめがいがあった。マルチカルチュラリズム支持者に都合のよい実証論文ともいえるかもしれない。

かなり専門的な話になってしまうが、この論文で一番気になったのは、内容というよりはマルチレベルロジットモデルの使い方だ。カントリーイヤーファイルをレベル2として指定し、ベースラインモデルでレベル2に各国のダミー変数を投入することで、時間不変のbetween countryの影響を除去し、within countryの影響だけをみていると主張している(p.331)。本当にそのようなロジックが成り立つのかに関して少し疑問もあり、さらに上述したように多文化主義政策指数をいれた意味をなくしてしまう恐れがあるが、非常に面白い方法だと思った。私は勉強不足もあり、このような方法を始めてみたのだが、もしこの方法が正しいとすれば、他の国際比較調査の分析にも応用できると思われる。

追記:このモデルはカントリーパネルに個人がネストしているデータと考えればよいと思った。パネルデータ分析の際のランダム効果モデルに全個人のidのダミー変数を投入したとすると固定効果モデルと同じ推定値が得られるはずなので、KeslerとBloemraadの「時間不変のbetween countryの影響を除去するためにダミー変数を投入する」という考え方は正しいと言えるのかもしれない。ただし、正しいが故に、時間不変の多文化主義政策指数をいれた意味はなくなってしまい、この論文の結果の解釈が困難となる。