2019年12月16日月曜日

今年面白かった社会学論文10選(2019)

学生のレポートの採点が残っていてこんなことをしている場合ではないのだが、クリスマス前には終わらせたかったジャーナルDへの投稿も完了し、自分の期末レポート(D3にもなって、3本も書かないといけなかった、、)も終わりが見えてき、明後日から一時帰国に入るので、その前に今年一年で読んで面白かった論文を10選あげておく(順不同)。一年といっても、昔読んだものほど印象が薄れてしまうので、ここ二ヶ月くらいで読んだ論文にバイアスがかかっている。なお、今年僕が読んだ論文で、今年出た論文ということではない。

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Rissing, B. A., & Castilla, E. J. (2014). House of green cards: Statistical or preference-based inequality in the employment of foreign nationals. American Sociological Review, 79(6), 1226-1255.

Auditデータをとてもうまく使って、米国のグリーンカードの審査で起こっている「差別」が「選好による差別」ではなく、「統計的差別」であることをとてもわかりやすく示している。今年になるまでこの論文を知らなかったことは勉強不足としかいいようがない。この論文は移民研究してない人でも絶対面白いので是非読んで欲しい。分析もシンプル。
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Brinton, M. C., & Oh, E. (2019). Babies, Work, or Both? Highly Educated Women’s Employment and Fertility in East Asia. American Journal of Sociology, 125(1), 105-140.

東アジア(日本と韓国)で出産/育児と女性の就労継続が難しいとされる背景を、160人以上のインタビューデータを基に明らかにした社会人口学の論文。人口学で質的データを使った論文は相対的に少ないので貴重な気がする。
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Torche, F. (2018). Prenatal exposure to an acute stressor and children’s cognitive outcomes. Demography, 55(5), 1611-1639.

胎児期に母親が受けるストレスがどのように子どもの出生後の発達に影響を与えるかというのはよく知られていない。この論文ではチリで2005年に発生した地震による母親の被災と、どの胎児期に母親が被災したかのバリエーション(第一、第二胎児期は子どもの発達に大きな影響があるが、第三胎児期は影響が少ないことが知られているらしい)を利用してストレスの影響を分析している。分析の結果、貧困家庭の子どもにおいては第一、第二胎児期に母親がストレスを受けることが7歳時点の学力に負の影響を与えることが示されている。Torcheは日本でも教育社会学界隈ではよく知られているチリ人社会学者である(スタンフォード大教授)。この論文に限らないが、文章をわかりやすく書くのがとてもうまいと思う。
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Catron, P. (2019). The Melting-Pot Problem? The Persistence and Convergence of Premigration Socioeconomic Status During the Age of Mass Migration. Social Forces.

移民の移住前のSES(社会経済的地位)は移住後の移民(1世)とその子ども(2世)の社会経済的地位達成にどう影響するのか?移民の移住前のSES関するデータはなかなか見つけるのが大変だが、Catronは19世紀後半のヨーロッパからアメリカに来た移民(1世)の船の乗客リストの名簿の名前と職業を1910年の国勢調査データの名前にマッチし、さらに1910年に0-18歳だった移民の子ども(2世)の名前を1940年の国勢調査の名前にマッチすることで、この問いに答えられるデータを作成した(Note:当時はヨーロッパからは船でしか来ることができない)。結果、移住前のSESは移住後の移民1世のSESと関連するものの、その子どもの世代にはほぼ関連がなくなるという結論を出している。これは19世紀後半に移住したヨーロッパ移民の「同化」が速く進んだという既存の研究の知見と一致する。この論文は以前に発表を聞いたのだが、最終稿はOnline Firstで出たばかりでちゃんと読めてないので冬休みに熟読したい。
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Logan, J. R., & Martinez, M. J. (2018). The spatial scale and spatial configuration of residential settlement: Measuring segregation in the postbellum South. American Journal of Sociology, 123(4), 1161-1203.

南北戦争後の米南部においては、「白人」と「黒人」のResidential Segregation(居住分離)は北部に比べてとても低かったとされてきた。しかし、これで北部よりも南部の方が「白人」と「黒人」の社会的距離が近かったと結論づけるには問題がある。なぜなら、分離を測るスケールの設定で分離指数は高くもなりし、低くもなるからだ。この研究では1880年の米国の国勢調査の100%データ(ピンポイントで誰がどこに住んでいたかを地図上に再現できる)を用いて家レベルでの居住分離のパターンを明らかにし、最小のスケールで居住分離を測ると先行研究とは全く違うパターンが見えてくることを示している。また居住分離の空間形態(e.g.,「白人」は大通りに面して住み、「黒人」は路地に面して住む)の諸パターンも示されている。とても記述的な論文で、空間分析におけるスケールの大切さを知るためにはとても良い勉強材料だと思う。なお、今学期は筆頭著者のSpatial Thinking in the Social Sciencesという授業を受けて、とても色々考えさせられた。筆頭著者のこのAnnual Review論文は空間分析における空間(space)と場所(place)の違いを考えるのにとても役立つので関心のある方はおすすめである。
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Song, X., Massey, C. G., Rolf, K. A., Ferrie, J. P., Rothbaum, J. L., & Xie, Y. (2019). Long-term decline in intergenerational mobility in the United States since the 1850s. Proceedings of the National Academy of Sciences.

米国の国勢調査と各種社会調査データをマッチさせて、1830年から1980年の出生コホートの世代間職業移動の長期トレンドを示している。農業からの転出を除いて分析すると、相対移動率は150年間で安定しており、いわゆる「FJH仮説」(論文中ではLZ仮説の方が引用されている)を支持している。絶対移動をみると、上昇移動は1900年出生コホートまでは増加するものの、1940年以降は下降している。この論文は、2年前に米国における世代間所得移動の長期トレンドを示してScienceに載ったChetty, Grusky, Hell, Hendren, Manduca and Narang (2017)(あえてet al.を使わない!)の職業版と言えると思う。筆頭著者と最終著者は両者とも大学院からの留学組としてアメリカに来て、様々なハンデを乗り越えながら今のポジションを手に入れて、米国の長期トレンドをクリアに示す重要な論文を、社会学を超えて影響力のあるPNASに載せている。留学生の鏡である。
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Tolnay, S. E., Deane, G., & Beck, E. M. (1996). Vicarious violence: Spatial effects on southern lynchings, 1890-1919. American Journal of Sociology, 102(3), 788-815.

米国では、19世紀末から20世紀初頭にかけて南部でたくさんの黒人がリンチによって殺害された。群(county)レベルの時系列データを使い、リンチが起きると、その後、その郡の近くの郡ではリンチが減少することを示している。推定された「負の効果」はリンチが「熱狂」によるものではなく、社会経済的な目的を持って「計算」されたものだったからだ、と解釈している(この解釈は若干飛躍しているように私は感じている)。1996年の論文で空間ラグモデルを用いているのはアメリカ社会学のすごいところだと思う。
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Legewie, J., & Fagan, J. (2019). Aggressive policing and the educational performance of minority youth. American Sociological Review, 84(2), 220-247.

NYCではOperation Impactという犯罪が起きやすい地区(ビルなどのかなり細かい単位の場合もある)を指定し、その指定地区(Impact Zone)に警察を集中配備する政策を2000年代初頭に実施した。Impact Zone指定地区の指定期間中、警察は職務質問を積極的にすると共に、かなりマイナーな犯罪でも逮捕を積極的にしたとされる。米国に住んでいれば想像はつくが、当然、Central Cityの「黒人」の青少年は警察に差別的に扱われたことが推察される。当論文では、地区間で警察が集中的に配備されたタイミングが異なる(Impact Zoneはかなり頻繁に移動されたようだ)ことを利用して、警察の配備と子どものテストスコアの因果関係を分析している。ちなみにデータは住所と紐づいたNYCの9-15歳(25万人分!)のテストスコアのデータである。分析の結果、Operation ImpactはImpact Zone指定エリアに指定期間中に住んでいる「黒人」の子どもの学力に負の効果があることが示されている。子どもの年齢が高ければ高いほど強い負の効果がある。マルチレベル/パネルデータの授業で文献指定されたのだが、結果が綺麗すぎて少しびっくりした。もう一つびっくりしたのはこの政策の雛形となる政策を実施したのが2001年までNYC市長をつとめたRudy Giuliani氏(現在トランプ大統領の顧問弁護士でウクライナ疑惑の中心人物)であることだった。
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Frye, M. (2017). Cultural meanings and the aggregation of actions: The case of sex and schooling in Malawi. American Sociological Review, 82(5), 945-976.

マラウィにおいて混合研究(高校生のパネル調査&生徒と教師へのインタビュー)を行い、性的関係をもつことと高校中退の関係を「文化」概念を通して明らかにしている。パネルデータからは性的関係の開始と高校中退は関連は認められるものの、高校中退の重要な要因となるはずの欠席、成績、非行はなんら関連が認められない。筆者は生徒や教師との綿密なインタビューやフィールドワークを通して高校教師や生徒の間で性的行為と高校退学が強く結びついて理解されていることを示し、こうした性的関係の開始と高校中退を結びつける「文化」そのものが高校中退の原因になっていると結論づける。この論文は「文化人類学の人口学」(Anthropological Demography)の「文化」(Hammel 1990, Population and Development Review)を量的&質的データ両方を用いて検証可能な形に落とすことに成功した論文のように思う。論文の著者は人口学若手のスター的存在で、「文化」を人口学に取り入れる点では来年夏頃にASRのエディターのOmar Lizardo等と共著でMeasuring Cultureという本が出すらしい。
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Baum-Snow, N. (2007). Did highways cause suburbanization?. The Quarterly Journal of Economics, 122(2), 775-805.

タイトルの通り高速道路の建設が郊外化の原因となったことを示した論文。実際の高速道路の操作変数に国防省が国土防衛のために作成していた高速道路の計画を持ってくるアイデアが斬新だった。なお、これは社会学ではなく、経済学の論文である。Spatial Thinkingのコースワークの課題文献だった。
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Calarco, J. M. (2014). Coached for the classroom: Parents’ cultural transmission and children’s reproduction of educational inequalities. American Sociological Review, 79(5), 1015-1037.

東海岸大都市近郊の小学校のとあるコホート(4学級)を3から5年生までの3年間、学級と家庭で継時的に観察したエスノグラフィ。親が子に教える「クラス内で困った時の適切な振る舞い」が白人労働者階級と白人中産階級で異なることを論じている。前者の親は教師を権威ある存在とみなし、問題があっても教師を煩わせずに自分で解決することを求める。一方、後者の親は教師よりも学歴があることも多く、積極的に教師に助けを求めて解決を目指すように助言する。基本的に教師は中産階級の子がとる行動を肯定的に受け止め、対応をする。著者はペンシルヴァニア大のラローの弟子(現在は既にインディアナ大で教えている)。



以上。2017年に渡米した頃はESR(European Sociological Review)の方がASR、AJS、SFよりも面白く感じていたのだが、最近はASR、AJS、SFの方が面白いと感じるようになってきたので、アメリカに染まってきたんだと思う。

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