2016年7月3日日曜日

移民はソーシャルキャピタルを低下させるか?(Kesler and Bloemraad 2012)

Kesler, C., & Bloemraad, I. (2010). Does immigration erode social capital? The conditional effects of immigration-generated diversity on trust, membership, and participation across 19 countries, 1981–2000. Canadian Journal of Political Science, 43(02), 319-347.

Christel KeslerとIrene BloemraadがCanadian Journal of Political Scienceで発表した論文。Irene BloemraadはUCバークレーの教授で、社会学における移民研究、特に米加比較で注目されている研究者。Christel Keslerは若手で、おそらくバークレーでIrene Bloemraadの指導を受けていたのだと思われる。

hunker downしている亀のイメージ
本論文はhunker down仮説を個々の国レベルの状況をしっかりと加味した上で再検証しようという内容。hunker down仮説とはカメが外界を信頼していない時に頭を引っ込めて甲羅に閉じこもるように、移民流入によって多民族的状況が生まれると、ソーシャルキャピタルが低下するという仮説。ソーシャルキャピタルは論者によっていろいろな定義があるが、本論文では(1)社会的信頼(周囲の人への信頼感)、(2)市民団体への参加(教会、ボランティア団体etc.)、(3)政治行動(請願活動、合法的なデモetc.)の三つで計測されうるもの、とゆるく考えておけばよい。hunker down仮説はもともとPutnam(2007)で提唱され、メディアも含めていろいろなところで有名になった。パットナム本人は論文では微妙な言い方をしているのであるが、世に出回っている基本的な理解は以下の図式である。

hunker down仮説:多民族的状況⇨ソーシャルキャピタル低減

KeslerとBloemraadの論点を先取りすると、外国人移民流入(多民族的状況)によるソーシャルキャピタルの低減は経済的格差が大きい国・多文化主義政策が実施されていない国のもとで深刻になる、ということになる。最終的に著者らは、hunker down仮説をそのまま受けいれることはできないと結論づけている。
-------------
以下、論文の細かい要約と私のコメント。KeslerとBloemraadは、hunker down仮説がアメリカのデータから概ね支持されているものの、一部の国(特にヨーロッパ)では支持されていないことに着目して仮説をたてていく。著者らは各国個別の(1)経済的格差と(2)多文化主義政策が、多民族的状況がソーシャルキャピタルを低減する効果を媒介しているのではないかと考え、hunker downを媒介する要因とその方向を明らかにしようとしている。なぜ著者らが経済的格差と多文化主義政策に注目するかについては実際に論文を読まれたい。著者らが検討する仮説は大きく要約すると以下のようにまとめられる。

(1)経済的格差仮説

経済的格差仮説:多民族状況⇨(経済格差)⇨ソーシャルキャピタル低減

経済的格差の拡大は多民族的状況がもたらすソーシャルキャピタルの低減をより深刻にする形でhunker downを媒介するという仮説。逆に、経済的格差が小さいと多民族的状況がもたらすソーシャルキャピタルの低減もより緩やかになるという仮説。

(2)多文化主義政策仮説

多文化主義政策仮説1:多民族状況⇨(多文化主義政策)⇨社会的信頼低減
多文化主義政策仮説2:多民族状況⇨(多文化主義政策)⇨市民団体参加・政治行動増大

多文化主義政策に関しての著者らの見解はソーシャルキャピタルを社会的信頼と市民団体参加・政治行動に分けて考えなければならないためわかりにくくなっているが、要するに多文化主義政策は民族グループを固定することにより社会的信頼の低減をより深刻にするが、逆にエスニック団体も含めた市民団体への参加や政治行動をより増大させる、ということのようである(本文ではここまで明快には述べられていない)。なお、ここでいう多文化主義政策とはカナダに典型的にみられるような国内の民族・移民マイノリティを承認し一定の権利を与えるような政策のことをいう。

論文で使用されるデータはWorld Value Surveyのうち「発展した民主主義国家」(advanced democracies)19カ国で1980年代、1990年代、1990年代半ば、2000年代に各国で行われた調査データファイルを合併している。サンプルサイズは従属変数によるのだが、レベル2(カントリーイヤー)は47-60で、レベル1(個人)は66,573-77,756である。

分析にはマルチレベルロジットモデルが使われている。Bloemraadは質的手法で有名になった研究者だが、日本だと計量社会学者を自称する人々しか使わなさそうな複雑なモデルを平気で使うところに北米の社会学における計量分析の浸透度合いを感じとることができる。

従属変数は3つあり、「社会的信頼の有無」(「人は信頼できるか?」に対する回答)、「市民団体参加の有無」(ボランティア団体、教会etc.)、「政治行動の有無」(請願活動、デモ etc.)ですべて2値で表現している。

モデルの基本的な数式は以下によって表すことができ、pがそれぞれの従属変数の確率、iがカントリーイヤー、jが各個人を指す。

loge[pij/(1-pij)]=B0+B1di+B2Xij+B3Xi+B4×外国人比率+B5Xi×外国人比率+εij+ζi
(p.331)

ベースラインモデル(上式の右辺第四項まで)として以下がまず提示される。

独立変数(レベル1/Xij):女性ダミー、既婚ダミー、年齢、教育年数、年収十分位、年収欠損ダミー、失業ダミー、非労働力ダミー、カトリックダミー、プロテスタントダミー、その他の宗教ダミー(ref.無宗教ダミー)
独立変数(レベル2/di):各国ダミー(ref.アメリカ)

その上で、ベースラインモデルのレベル2に様々なパターンのマクロレベル変数と、それらの交互作用を追加することで仮説を検証する。追加する変数は以下の通り。

独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率(モデル1)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、Gini、外国人比率×Gini(モデル2)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、多文化主義スコア、外国人比率×多文化主義スコア(モデル3)
独立変数(レベル2/Xi):GDP、外国人比率、Gini、多文化主義スコア、外国人比率×Gini、外国人比率×多文化主義スコア(モデル4)

多文化主義スコアはBantingとKymlickaが作成した三値のMulticultural Policy Index(MCP)を二値に変換している。この指標は私も使ったことがあるが、指標自体の問題とともに、著者らが同一国のすべての年で同じ値を投入していることに一定の問題があると思われる(現在のMCPは年代ごとに指標が作成されているが、KeslerとBloemraadが指標を使ったころには指標は1時点だったのかもしれない。いずれにせよ、各国に時間固定のスコアをわりふっただけではベースラインモデルの各国ダミーにMCPの違いがbetween country effectとして吸収されてしまい、時間変化(within country effect)をみることを主張している著者らの分析戦略に反してしまうと私は考える。この問題について後述する)。

分析結果として、モデル2とモデル4の外国人比率とGiniの交互作用がすべての従属変数に関して負に有意となり、経済的格差仮説は支持されている。多文化主義仮説1については支持されず、多文化主義仮説2は支持されている。また重要なファインディングスとして、どのモデルにおいても、外国人比率それ自体の主効果は社会的信頼に対して有意な効果はなく、あるのは市民団体参加と政治行動に対する正の効果のみである。よって、外国人の増大は社会的信頼を低減させるが、それはアメリカのような経済的格差が大きい国の状況で想定される話であって、経済的格差を縮小できれば外国人増大の効果自体は問題とならない可能性が示されている。

複雑で問題もあったが、面白い論文なので自分なりにまとめがいがあった。マルチカルチュラリズム支持者に都合のよい実証論文ともいえるかもしれない。

かなり専門的な話になってしまうが、この論文で一番気になったのは、内容というよりはマルチレベルロジットモデルの使い方だ。カントリーイヤーファイルをレベル2として指定し、ベースラインモデルでレベル2に各国のダミー変数を投入することで、時間不変のbetween countryの影響を除去し、within countryの影響だけをみていると主張している(p.331)。本当にそのようなロジックが成り立つのかに関して少し疑問もあり、さらに上述したように多文化主義政策指数をいれた意味をなくしてしまう恐れがあるが、非常に面白い方法だと思った。私は勉強不足もあり、このような方法を始めてみたのだが、もしこの方法が正しいとすれば、他の国際比較調査の分析にも応用できると思われる。

追記:このモデルはカントリーパネルに個人がネストしているデータと考えればよいと思った。パネルデータ分析の際のランダム効果モデルに全個人のidのダミー変数を投入したとすると固定効果モデルと同じ推定値が得られるはずなので、KeslerとBloemraadの「時間不変のbetween countryの影響を除去するためにダミー変数を投入する」という考え方は正しいと言えるのかもしれない。ただし、正しいが故に、時間不変の多文化主義政策指数をいれた意味はなくなってしまい、この論文の結果の解釈が困難となる。

2 件のコメント:

  1. えっと、原論文を読んでないので、その段階でいうのは何ですが、


    >著者らが同一国のすべての年で同じ値を投入していることに一定の問題があると思われる

    一定の問題どころか、説明変数の自由度が落ちているので、通常の手法の適用の前提となる原則が満足されてないような気がするなぁ。

    まぁ、データがないんでと逃げ切ったんだと思うけど。結局同じ変数入れただけなら、国別ダミー入れたのと大して変わんないはずだけど。

    あと、この問題は、欧州諸国では、基本、民族移動の歴史が長いこと、血を流す政治である戦争を通して、他国と付き合ってきたことの影響が大きいはずだし、英米型の二大政党制しか味わったことのない、米国人が考えるのと、小政党が乱立し、多元的な価値観が容認されてきた欧州との違いなども大きいかもね。なんか、この結果はそっち2000年くらいまでの欧州型の政治コンテキストの反映のような気がするなぁ。

    返信削除
    返信
    1. コメントありがとうございます。やっぱり、かなりの問題ですよね。経済格差だけで押し切ればよかったと思うのですが、著者らの「多文化主義政策を擁護したい」という強い「思い」を感じる論文でした、、、ただ、修士の院生が読んで気づく間違いなんて査読の段階で気づかれていないとおかしい気もするので、もしかしたら私の理解が間違っている可能性もあります。また読み直してみます。

      削除