2019年6月4日火曜日

オルデン・スピア・ジュニア記念賞受賞

先月の近況報告でも書いたが、オルデン・スピア・ジュニア記念賞(Alden Speare Jr. Award)をいただいた。説明によると、毎年度、社会学研究科の最優秀の修論に故オルデン・スピア・ジュニア教授(元ブラウン社会学部長/人口センター所長)を記念して贈られるものらしい。もちろん、ブラウンの社会学研究科は小さな組織で、博士課程の同期入学15人のうち修論を出した13人(注1)の中で選ばれた1/13。よって、100人以上の中から選ばれる東大の研究科長賞みたいにすごいものではない。とはいっても、この賞をいただけたことはとても嬉しかった。

折角なので、オルデン・スピア・ジュニア教授について調べてみた。ソースはオンラインで、この記念サイトASAの訃報。1940年にコネチカット州で生まれ、コーネル(学部)とミシガン(大学院)で原子物理学を専攻していたが、政治的な理由から原子力研究に疑問を持ち、社会学に専攻を切り替え、ミシガンで社会学博士号をとったとのことだった。1969年からブラウンのAPとなり、その後、教授となった。教育/研究キャリアは生涯ブラウンだったらしい。社会学部長や人口学研究センター所長などもつとめ、1994年1月に北京への出張の途中に東京で亡くなったとのこと。この時代に既に現役でブラウンで教えていた私の副指導教員によると、「体調を崩して飛行機が東京に緊急着陸した」とのことである。なお、母親はとても有名な絵本作家のエリザベス・ジョージ・スピアで、日本語にもいくつか著書が訳されているとのことだった。

Google Scholarで調べた限りではアメリカ国内におけるresidential mobilityとageingに関する研究群が最も有名なようだが、国際移動や、台湾やインドネシアの人口移動の研究も積極的にしていたらしい。基本はDemographyPopulation StudiesJournal of Gerontologyを中心に論文を載せていたようだ。この時代の論文はインデックス化されていないのも多いことを考えると、1993年までの業績でこんなに引用数をたくさん稼いでいるのはなかなかすごいと思う。

賞には250ドルの小切手がついていた。日本に帰ったら2年間の記念に回らない寿司にでも行こうと思う。


注1)私も含め、同期15人のうち12人は別の大学院で既に修士号をとっているが、ブラウン社会学部の基本的な方針は博士課程中に修士論文をもう一度書いて、修士号をとらせる、というもの。よって、かなり特殊な場合にのみ修論免除が認められ、今年は2人免除された。




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